気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「その点についてはそんなに気になさることはないですよ。
 ウチの同居人も腕に覚えが有る上に、そしてまあ、こういう点が姑息というか賢明というか……、自分よりも強いと判断したらケンカを売らないという戦略で常勝を誇っています」
 森技官らしくてつい笑ってしまった。
 そして、あの呉先生には衝撃の寝室事情の暴露についてもそれほど怒っていないのが――森技官に対しては異なった態度を取っているかも知れないが――傍目から見て良く分かった。
 ただ、そうした露骨な話しをする習慣もない上にどの程度話せば良いかなどは自分にとって難しい問題なのでついついスルーしてしまったが。
「あ、笑いましたね。
 教授ならご存知でしょうが笑うことと泣くことは抑うつ――といっても、教授は該当しませんが――状態とかそこまで行かなくても落ち込んだ時に効くことが科学的なエビデンス付きで立証されています。
 だから、もっと笑ったり泣いたりすることをお勧めしたいですね。
 まずは、教授が完全回復した後に田中先生に対するアクションも起こせますから」
 呉先生の明るく穏やかな声がコーヒーの良い香りの中に快く響いている。
 ただ、笑うことはともかくとして、泣くという行動は自分にとってかなり難しい。
 祐樹と恋人同士になる前は、母親のお葬式ですら涙を流せなかった。悲しいことは悲しかったが(そう遠くない未来に「その日」がやってくる)と思っていたからかもしれないが、そもそも感情の動きが他人に比べて平坦過ぎるという自覚も有った。
 恋人同士になった後も、祐樹の自分に対する言動で戸惑ったりドキドキしたり途方に暮れたりしたことは多々あったが、泣かされるような酷いことは一切されていない。むしろ(こんなに大切にされたり想ってくれたりして嬉しい)という涙が出たことしかない。
 そういう場合は落ち込みを改善するという涙の流し方とは違うような気がする。
 職務中に「術死」だと思われた一件のケースが有ったが祐樹の素晴らしい機転で原因が他に有ったと判明した時に祐樹の胸の中で泣いたことくらいだろうか。
「……悲しさとかそういうマイナスの感情で泣いたことは一回もないのです……。
 そういうのもマズいのでしょうか?」
 呉先生に対して――寝室の秘め事は例外だが――何でも相談した方が良いだろう。特に裕樹の心の傷が少しでも癒えるようにしたいと思っている今は尚更に。
「それは個性とか性格の問題です。精神的に問題があるわけではないですよ。
 まあ、精神疾患も――今では色々と新しい病名が付けられていますが――昔は個性とか『変わった人』で片づけられてしまったケースも多々有ったようですが」
 そういえばアスペルガー症候群などは昔は「変人」としか認識されてなかったと読んだ覚えがある。
 そして。

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