気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「田中先生はとても精神的に強い人だと思いますが……」
 呉先生が、言葉を選んでいる感じで唇を開いた。
 確かに祐樹はメンタル面も強い人だということも分かっている。その生命の輝かしいオーラに一目惚れをしたが、その後――思ってもみなかった僥倖で――特別な関係になってもその気持ちが揺らいだことはなかった、今回のことが起こるまでは。
「そうですね……ただ……」
 呉先生が碧いスミレを彷彿とさせるため息を空中に撒き散らしている。
「確かに『ただ……』というしかない事態になってしまったので……。
 教授のマンションもそういう構造になっているかと思いますが、地震の時に備えて地中からの力を逃す構造になっています。
 昔はそうではなくて、頑丈に作る方法で防御しようとの意図が有ったようですね。
 想定外の大きな地震が来ると、その圧を逃す方が建物自体は守れます。地震の時の揺れは物凄いと聞きますが。
 しかし、昔の丈夫さを追求した建物は倒壊してしまうケースが多いようですね。
 それと同じだと思っています」
 確かにそんな構造になっていると契約の時に――裕樹に振られたらいつでもアメリカに帰れるという理由での賃貸から、祐樹の愛情が揺るぎないモノだという確信を得て分譲に切り替えた――そんなことが書いてある設計図を見せられた記憶がある。
「つまり、今の祐樹の精神状態は深刻な感じで……折れているということですよね?」
 自分も感じていたことをいくら親しいとはいえ他人から指摘されると胸が塞がるような気がした。
 何時もは美味しく頂くマカロンの繊細な味も分からない。
「外科の先生のようにオブラートに包まないで表現するとそうだと思います。
 しかし、本人がそのことを必死に押し隠している以上は無理に聞くことは厳禁です。
 言葉に出すと却って本人を追い詰めることになりますから。
 こちら側としては、気付いているし、手を差し伸べる準備は何時でも出来ているからサインを送って欲しいと弱めのメッセージを出し続けるしかないのが現状です」
 そんな高等技術が自分に可能かどうか甚だ覚束なかったが、何とか頑張るしかない。
 何しろ、自分のせいで祐樹の心労を増やした結果だし、その上裕樹と離れるくらいだったら、この世の終わりを迎える方がマシなのも確かだ。
「こんな貧弱な語彙でそれが可能なのですか?」
 ふんだんに、そして饒舌に愛の言葉を告げ続けてくれたのは裕樹の方で、自分はそれに応えるだけという体たらくだった。
 それでなくともコミュニュケーション能力の至らなさを祐樹と比べて――というか比べ物にならないような気がしたが――忸怩たる思いでいたのに。
 しかし。

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