気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 呉先生と森技官の問題は自分の一存では荷が重すぎるので、祐樹に相談するしかないが――いや、この二人の方が絶対にメンタルも強そうなので自力で解決しそうな気もする――当の裕樹の問題を解決する方が絶対に優先順位が高いのは言うまでもない。
「そうですね。しかし、土日は……。当分無理のような気がします」
 ここのクレープをお店の人に作って貰って食べる機会は――テイクアウトのケーキでも充分美味しいので、お店の人が作ってくれると更に美味しそうだ――逃したくないのも事実だったが、ケーキにさして思い入れのない裕樹と、それ以上に興味なさそうな森技官まで伴って行く気にはならなかった。
 それに、四人で行動するのは全く構わないが、今は祐樹と「だけ」向き合いたかった。
「ええ、それは分かっています。ただ、ウチは予約制ですし、患者さんも入院している方限定なのである程度は自由が利きます。
 実際今日、病院長に呼ばれまして。あ!手術成功おめでとうございます。モニタールームからお偉方の皆様方が息を詰めて見ていらしたらしいですね。
 そして容態説明などを具体的にしまして、もちろん盛って話しました。本当は充分な休養を要すると。
 斉藤病院長も外科出身なので精神科のことは門外漢なので、私の言うことを――ま、真殿教授もこの件については同意見なので――額面通りに受け取って下さって手術のスパンを延ばすようにすると確約して下さいました。
 だから、通常のように教授が一日2オペではなくて、1オペに出来る日をなるべく多く作るという妥協を引き出しました。
 水曜日とか、そういう平日に二人で芦屋まで参りませんか?」
 不定愁訴外来は確か水曜日は休診だったハズだ。それに呉先生の場合は学会での発表などで臨時に休診しても良いと――何しろ患者さんが先生に合わせてくれるのがブランチの良いところだ――聞いていた。
「そうですね。水曜日の午後を空けることにします」
 この際なので、有給休暇を使い切ってしまうというのも良いだろう。ただ、自分の場合、有給は割と取っている方だったが、そういう労働者の細やかな権利をこの際纏めて取得してしまおう。
「阪急電車と阪神電車の駅の間の芦屋川べりを歩くのも良い気分転換になりますよ。
 関西随一の高級住宅街ですから。まあ、本当のお金持ちはもっと山の上にお屋敷を構えているらしいですが。
 ただ、そういうセレブな方のシビアな味覚にも堪えている洋菓子メーカーの一つがここのお菓子なのですが」
 地図上とか大学受験のためにテキストとして読んだ文学作品にも良く出てくる地名だったし、祐樹とはその山の上にドライブに行った記憶が鮮やかに蘇ってきた。
 あの山の上から見下ろした地上と天上の星に挟まれた煌びやかな空間とか澄んだ空気とか。
 ただ、芦屋川沿いというのは行ったことがない上に、そういう高級住宅が並んだ閑静な街並みをそぞろ歩きするというのは裕樹も自分もさして興味を持っていなかった。
「それは楽しみですね」
 マカロンの精緻な甘さが口の中を溶かしていく。そしてコーヒーの香りが心も身体も癒してくれるようだった。
「ちなみに、田中先生の件ですけれども」
 その一言で背筋が伸びた。呉先生も眼差しに力がこもっている感じだった。
 そして。

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