気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

65

 時間を気にするふうを見せながらも、自分と話している内田教授は徐々に普段の温和な内科医に戻っていくような感じだった。
「今回の件では厚労省イチの切れ者とも名高い人が動いてくれたようですね。
 普段はあってもなくてもどちらでも良いような、いやハッキリ言ってない方が良いと個人的に思っている省でしたが、たまにはこういう所で役に立ってくれた点で、100円くらいは私の税金をそちらに投入しても良いような気がしました」
 もちろん冗談だろうが――実際に厚労省に割り振られている予算程度は内田教授も知っているに違いないし、知らなかったとしても一人100円という数字ではないことくらい常識で分かる。
 ただ、大学病院の皆がそうだろうが、監督省庁でもある厚労省に良い思いを持っている人間は居ない。
 しかも内田教授は道後への慰安旅行の直前に、厚労省批判をしていたし。
「そうですね。ただ、あの技官は田中先生とも旧知でして、私が厚労省に行く時にも良くして貰っています。
 税金ですが、国民の義務ですよね。
 この国に居て、色々おかしな使い方をされていることもマスコミが取り上げますよね。
 内田教授や病院長もそうだったかとは思いますが――今回の件も土日返上で各方面の調整をしてくれたそうです。官僚は省庁を超えた横の繋がりも密接のようですので。
 その言葉を断片的に聞いていましたが、彼自身は所属先の面子よりも国民の税金を必要最低限しか使わないようにしているということを強く感じましたね。
 それと――こういう言い方は嫌らしいかもしれませんが――」
 日本では「お金のことを言うのは嫌らしい」という不文律があるのは知っていた。アメリカで一生、いや上手く資産運用すればという前提付きなものの三回くらい生まれ変わっても困らない程度は稼げた。
 同じレベルの医師がヨーロッパやアメリカに学会などで集まった時には「自分のオペの一回のギャラはこれだけ貰うことにしている」と具体的な数字を挙げる人間の方が圧倒的だった。
 ただ、内田教授は内科医だし、大学病院から出たことがないので金銭のことは触れたことはなかった。
 だから一瞬だけ躊躇してしまったのだが、まだ生々しい事件のことを話すよりも――個人的には回復しているのでは?と自己診断していたが、手術室に入った時にどうなるのかは本当に分からない。
 それに普段は立ち会わない黒木准教授がストップをかければ、祐樹が執刀医になる。
 しかし、スタッフ全員の共通認識では自分が被害者で、祐樹は率先して阻止した功労者と位置付けられている。
 それはある意味事実だったが、誰にも見せない心の傷は祐樹の方が深いと思っている。
 先程内田教授が褒めてくれたトランポリンの恩恵に与れるのは自分で、そして祐樹は執刀医としての重圧をも受けることになる。
 それよりは。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品