気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 恋人として「呉先生の尻に喜んで敷かれている」と裕樹がいつか評したことのある――もちろん「尻に敷かれている」のがコトワザというか比喩表現なのは自分ですら分かったが――呉先生の逆鱗に触れることを何より恐れていた森技官が暴露した「二人の寝室秘話」に、心の底から驚いた。
 そんなプライベート中のプライベートとも言うべき話しをしたこともないし、聞くのも失礼だと憚ってしまう種類の話題だったので。
 呉先生がベッドの上でどんなふうになるかという森技官の話に(皆がそうなのだ)と心の底から安堵した。殊更自分が「インラン」とか「不感症」でもなかったこととか、祐樹が満足してくれているならそれで良いということも。
 あの研修医が滴るような悪意を込めて自分を詰った言葉は精神疾患患者の妄想による発言で、そんなモノに自分が呪縛される必要が皆無だということも。
 呉先生は顔から火が出ているのではないかと思うほどだったし、祐樹が二人きりの愛の行為をいくら親しいとはいえ呉先生や森技官に話せば自分もそうなってしまうだろうから。
 森技官ほど賢い人が呉先生の反応を予測していないハズもないので「今、この時点」限定で最愛の恋人よりも自分の精神的救済を優先してくれたのだろう。
 最悪の場合、呉先生から愛想を尽かされることも多分想定済みで。
 森技官がどれだけ呉先生を愛しているかを知っているだけに、この爆弾発言は驚天動地だった。
 祐樹も「鳩が豆鉄砲を食らった」というコトワザ通りの表情を浮かべている。祐樹の表情を観察して脳裏に焼き付け続けている自分にも――記憶力は祐樹が褒めてくれるほど良い――初めての顔だったし、多分これからもないだろうお宝的な映像なので脳裏に深く刻まれるように目を見開いて見てしまう。
 爆弾発言を仕出かした森技官は普段通りの冷静な表情だったが、指が微かに震えている。
 祐樹も呉先生も気付いてはいないようだったが。
 森技官へと視線を転じる。感謝の眼差しを送ると――何しろ、祐樹が自分との愛の行為に満足しているかどうかを気にしておけばそれで良いと言外に背中を押してくれた。外野の心ない言葉も気にする必要もなくて、祐樹だけを見ていればそれで良いとのお墨付きを貰ったのと同じだった。それに祐樹は「多分」満足してくれていることも……今更ながら思い当たった。ただ、そういうデリケートなことをあからさまに言われたこともない上に、自分の経験値の低さも相俟って自信も皆無だったので、あの井藤研修医の言葉が心に突き刺さってしまって、どうしても抜けない心の傷になってしまっていたのをあっけなく粉砕してくれたのだから――森技官は困ったような眼差しと共に力付けるような光で自分を照らしてくれていた。
 ただ。

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