気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

46

 「ヘビ花火」の―-正式名称は知らない――性能が良すぎて勢いと速さが予想を遥かに凌駕して、充分に広い庭を這いまわっている。
 花火独特の香りが漂う中で、祐樹が優雅なステップを踏むような感じで避けていた。
 その後に呉先生が点火役になった。
「あっ危ないっ!!」
 そう叫んだ瞬間に呉先生が、バランスを崩して倒れ込んだ。祐樹も反対側に居たので反射的に伸ばした手は届かなかった。
「大丈夫です」
 呉先生は気丈な感じで言ってはいたものの、痛そうに足を押さえていた。
 祐樹が素早く怪我の具合を確かめている。
「これは縫った方が良いですね。
 それに呉先生は怪我の部分は見ない方が良いですよ」
 転んだ場所に何か硬くて尖ったモノが有ったのだろう。皮膚が抉れていてその中に血が溜まっている状態だった。
 このご家庭にも有る針と糸、そして消毒薬で何とか出来そうな気もしたが、やはりクリニックに連れて行った方が良いだろう。麻酔薬も――と言っても、麻酔を打つ時に痛みを伴うが――有った方が好ましいし。家庭用の針でも――火で消毒は可能だ――対応は可能そうだが、医療用の糸だと抜糸の手間が要らないので。
「近くにクリニックが有りますが、あいにく先生はお留守だそうです。奥様がいらっしゃるので開けることは出来るのですが」
 家の主人と話していた祐樹が物問い顔で応急処置をしている自分へと話しかけてきた。
「私達は外科医です。クリニックを開けて貰えるようにお願いして頂けませんか?」
 そう自己申告したものの、正直なところ、呉先生の外傷は救急車を呼ぶレベルでもない。だから救急救命室に搬送されたら、杉田師長が激怒して追い返しそうな感じだ。
 街の外科クリニックなどに行く必要は有るだろうが。
「公園を突っ切った方が早いそうですね。運びます」
 こういう時の判断力や行動力の素早さと的確さは祐樹に任せておく方が良いことも分かっていた。
 家の主人にクリニックの名前と場所を聞いていた祐樹が呉先生の身体を慣れた感じで腕に抱えている、無機的な雰囲気で。
 救急救命室でも勤務している祐樹なので、ストレッチャーから診察台に移動させるとかの業務はほぼ毎晩有るのも知っている。
 大学生だった自分が救急救命室の手伝いをしていた時にも嫌というほど行ってきたので。
 当然ながら医師免許を取得する前なので医療行為は出来ない。ただ、こういう雑務的なモノは免許がなくても良いので手伝ってきた過去が有ったし、祐樹が「そういう」気持ちを持って抱いていないことも火を見るよりも明らかなので、次に取るべき方法を考えた。
 そして。

「気分は下剋上 chocolate&cigarette」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く