気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 物を教えるとかいう以前に、言葉によるコミュニュケーション能力の低さを最も知っているのは祐樹だった。だから――今現在の精神状態の不安定さを内包しているとはいえ――そういうのとはまた異なった分野での発問だったせいもあって祐樹が無理だと判断してくれれば絶対にフォローに回ってくれるだろうという確信は有った。
 ただ、祐樹は力付けるような笑みを唇と眼差しに宿しているだけだった。自分に教えることが出来ると言わんばかりに。
 これが高校で習う範囲ならば、数学や物理の解法とか深いもののピンポイントで説明出来る知識問題が多くなるので教えるには楽なような気がする。
 まあ、いざとなれば口の達者な祐樹も居るし、呉先生も居る。そして何よりお金という対価が発生しないのだから、その分気が楽だし。
 呉先生が用意してくれたシートの上で「寺子屋ごっこ」のような青空教室を開いて、分数の概念などを教えていると、子供の目が輝いてきた、知的好奇心の光りさえ宿して。
 そういうレスポンスをされると、もっと分かりやすく教えたいと素直に思ってしまうし、その上祐樹や呉先生の笑みを含んだ眼差しにも称賛の色が加わっているのが正直意外だった。
 子供特有の甲高い声も聞いているこちらまでもが元気になるようだったし。
「あ!そっかぁ……。分数もそういうふうに考えれば良いんや!!だったらこの問題は……」
 内心自信はなかったものの、説明したら分かってくれたらしくて、むしろ楽しそうな声を上げて次の問題へとこちらが誘導する前にチャレンジしてくれたのを見て内心で安堵のため息を零してしまう。
「流石ですね。その点ウチの同居人は『何故分からないのかが、分からない』と突き放す言動を取るので正直、嫌われています」
 偏差値の高さでは日本一の大学、そして学部に入っていた――ただし、外科医としての才能はそんなに有るとは思えないが、皮膚科とか精神科とかの需要はそれなりに有るだろう――森技官ではあるものの、そう言えば大人相手、しかも聡明そうな人を好んでいる感じはした。祐樹が――今回の事件に全面協力して貰ったということを踏まえれば関係性も自ずと異なってくるだろうけれども――ケンカ友達として高く評価されているのも、お互いが同じレベルで言い合いが出来るからだと思う。自分だと直球過ぎて面白くないのだろうとも。
 ただ、自分に当意即妙の言葉のやり取りを求められるのも、正直なところ荷が重い。その点祐樹は――持ち前の負けん気の強さも相俟って――森技官と対等にケンカ出来る側面を持っている。
 そして意外にも祐樹もそれほど子供への接し方を知らないのだな……と新たな発見が出来て何となく嬉しい。
 それに、子供達は無理やりさせられているという嫌々な感じから、問題を解く楽しさを見つけて更にテンションが上がっていた。その輪の中に居て、そしてそういう子供達の精神状態に――しかも健全極まりない――加えて燦々と照っている日光を浴びていると、何だか昨夜のことが「夢の中」の出来事のような気がする、むろん悪夢の類いではあったものの。
 やはり。

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