気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

30

「勉強……ですか。教えられることは教えますが、一緒に遊んでからでも構いませんか?」
 言い方は悪いが、精神的にも深い穴からの脱出に――しかし、祐樹の方が更に深い傷を負っているために、早く自分が回復しなくてはならないのも自覚していた――この子供達を利用しろというのが呉先生の目的で、この子供達と本気で遊べば更に浮上出来る可能性は極めて高い。
「見張りと思しきお母様方とかにバレませんかね?」
 祐樹が秀でた眉根を寄せて心配そうに木の下にたむろしているお母様の一団を見ていた。
 子供達は大丈夫だろうが、お母様の中には身内とか知り合いのお見舞いで自分の科を訪れたこともあるかも知れない。
 前髪を下ろすと受ける印象がかなり異なると祐樹や呉先生――もちろん、休日に会う時限定で――言われてはいるものの、女性はとにかく敏いと聞いたり読んだりしていたので。
 呉先生は野のスミレの笑みで大きな樹の下の女性達を――この暑さなのに、長袖の手袋のようなモノとか大きな帽子やサングラスをしていた――ちらりと見た後に、小声で告げてくれる。
「大丈夫です。日焼けはお肌の大敵とかで、あの木陰からは出て来ないでしょう」
 今の祐樹や――必死に隠しているのが分かってしまうので敢えて触れていない――自分にとって必要な燦々たる太陽の光りが精神の安定のために絶対必要だと呉先生も考えていただろうが、女性にとって紫外線はお肌の大敵なのだろう。そして、その点までも考えた上で呉先生がこの公園に誘ってくれたのは精神的活力の塊のような子供達と共に時間を過ごさせるためだろう。
「ああ、なるほど……。確かにそんな感じですね。黒い長袖みたいなモノは紫外線防止のためみたいですから」
 祐樹も納得したように愁眉を開いていた。
 とにかく、祐樹の直近の懸案事項は手の震えなのだから、普段の仕事通りに優先順位の高いモノから片付けていくしかなさそうだ。
 子供にはあまり縁がないものの、特に嫌いではない。何だか森技官は呉先生の言葉尻から察するに苦手というか相手にしていない感じだったが。
 誘われるままに小さな手を取って、祐樹の方へと眼差しで「行ってくる」と目配せをすると、祐樹も我に返ったような感じで唇に小さな笑みを浮かべてくれた。
 トクトクと脈打っている小さな手の汗ばんだ感触とか、色々と話してくれる甲高い声が耳にも心地よく聞こえる。
 砂場で砂遊びをしていると、祐樹と行った須磨の海岸を思い出してしまう。あの時の屈託のない幸せな二人だけの時間は、記憶の宝石箱の中に入っている。
 そしてこれからも祐樹と二人で人生の記憶をずっと刻んでいくために必要なのはこの事件の後遺症を逸早く治すことなのも分かっていた。
 確かめたわけではないものの、祐樹が自分の夢うつつで叫んだ言葉を聞いているハズで、その言葉の数々も無かったことに出来ない以上は「あんなことが有った」と二人して笑える日が一日でも早く来ることを祈るしかない。
 すると。

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