気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

18

 凱旋帰国という、誰もが羨むような華々しい日本でのデビューではあったものの、それは部外者だから言えることであって、医局という生態系に似た小世界の中では嵐が起こってしまったのはある意味当然だっただろう。
 何しろ、今までが年功序列だったので、黒木准教授が繰り上がるのが妥当だと思い込んでいた一部の人間による陰湿な嫌がらせ、しかも患者さんを巻き込んでという点が非常に許し難かった。
 その頃は祐樹と肉体関係は有ったものの、主に自分のコミュニュケーション能力の著しい欠如で、本心が全く分からなかったし、伝えてもいなかった。
 その上、祐樹に対して初恋の一目惚れ状態で学生時代を過ごして、その後同じ嗜好の持ち主だと分かった時には、綺麗な人を口説いている姿を一方的に目撃してしまって……、その後逃げるようにアメリカへと渡った。
 その実績が認められて、母校の教授職という年齢からは考えられないポジションのオファーが来たのに乗ったのは祐樹に振られるのを前提として、もう一度逢いたかっただけだったのに、ホテルの一室で「そういう関係」を結べたことも心の底から嬉しかった。
 ただ、生粋の病院育ちの祐樹が「手術室での嫌がらせ」のグループに味方しているかどうかは全く分からなかった。
 正直なところ他の人間はどうでも良いので、祐樹だけがその一味でないことを確かめたかったのも事実だった。
 その時の祐樹の驚きと義憤に燃えた表情は今でも忘れられないほど心に焼き付いている。
 そして、祐樹のアパートで振る舞ってくれたレバー入りの鍋物、だろう多分。
 自炊をしないということは聞いていた。しかし、細かく、しかも体積が均等に切られた野菜やレバーは初めて見たし、その上、食欲不振の貧血気味を気にしてくれたのかレバーの鍋には当然ながら灰汁あくが出ることすら知らなかったのも思わず内心で「特別なことをされている」という喜びを感じていたのは内緒だ。そして手伝おうとする気持ちを必死で抑えながら、コンビニで貰えるプラスチックのスプーンで灰汁を掬ったのも、祐樹と一つの鍋を突き合うといういつ死んでも悔いはないほど嬉しかった記憶とか。
 今では一通りの料理は出来るようになった祐樹だったが、あの頃は謙遜とかではなくて本当に料理に対して労力を割く気はないと言わんばかりの態度だった。
 そういう体験を踏まえているので、呉先生の卵の殻の入ったと思しきスクランブルエッグも何だか懐かしい思いで食べてしまった。
 手で千切っただけのざっくりとしたサラダも、あの頃の祐樹を思い出して、ついでに医局騒動を収束すべく協力をしてくれたのも、今となってはセピア色に煌めく想い出の一つだった。
 そして、今呉先生の手料理を――と言っても、冷凍庫に常備しているスープなどは自分で作ったものだったが――お箸ではなくてスプーンが用意されていたのは手が震えてもそれほどショックを受けないだろうという配慮の賜物に違いない。
 ただ。

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