気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

14

 その言葉が祐樹をどれくらい苦しめるかと思うと――そして、普段の祐樹の生気に満ちたオーラのようなものが「あの」寝室のドアを蹴破る勢いで入って来た時から日蝕中のようだった。
 それはベンツの中でもそうだったし、マンションに帰ってきてからもそうだった。
 ずっと手を握ってくれていたせいだろうか、祐樹の慙愧の念が手に取るように分かってしまった。
 元々祐樹は実力に見合ったプライドの持ち主だし、事態を解決する能力とか独創性にも恵まれている。その「頼もしさ」をも祐樹の密かな恋人としての矜持なのも知っていた。
 それが、薬剤のせいで意識が混濁していたとはいえ、口走ってしまったのは祐樹の心に更に傷を負わせてしまう結果になったが後の祭りだ。
 それに、専門家でもある呉先生が心を込めて選んだ薬剤の効果は本来ならば意識が混濁して投与された人間は何を口走ったかを覚えていないレベルだ。
 だから、祐樹に対して言い訳とか「あんなことを言って悪かった」とも言えない。
 全てを知らないフリでスルーするしかない。
 そして、今現在の自分は指も震えている――その状態がいつまで続くかは分からないが――急性のショック症状ではないかと思っていた。つまり、精神科は長い時間を掛けて徐々に治していくというのがデフォなので、風邪とか気管支炎のように三日とか七日とかで治るというモノでもないものの、何日だか何十日かかるかは分からないものの、指の震えはいずれ治まる。
 個人的には明日中に治したいと思っていたが。
 それよりも祐樹の心の傷の方がよほど気になってしまう。
 助けられなかった――実際に腱を絶たれたり、祐樹にしか許していない場所を蹂躙されたりしたわけではないので、自分は充分助けて貰ったと認識しているが――悔恨の情が祐樹の太陽のような魂を昏く侵蝕していっているのは、目を見れば分かった。
 そしてプライドの高い祐樹は決して祐樹自身が傷付いていることを自分を含め、呉先生などの事件関係者には絶対に言わないであろうことも。
 だったら。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品