気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

 以前と異なって愛着も出て来たしそういう事態は出来れば避けたい――自分に疾しい点は一切なかった。それに帰国直後の医局騒動の時ならともかく、今の医局は安定しているし、他の科の教授も自分を攻撃するメリットはないだろう。自画自賛する柄ではないが、病院には多大な貢献をしているし、他の科の赤字をも補って余りある収益を病院にもたらしているのだから。
 それで嫉妬を買っていたとしても、昔の国立だった大学病院ならともかく今のような独立採算性になってからは黒字を生み出す自分を病院長が手放すとは到底思えない。
 だからそういう役付きの人間とかどこかの科ぐるみの画策ではない。他の医局所属の医師だろうか?あんなに祐樹を精神的に混乱させているのは。
 自分よりも遥かに非常事態に強い祐樹なのに、必死に隠そうとしてはいるものの動揺を隠し切れていない。
 いや、自分が祐樹のほんの些細な表情や仕草などを、自宅に居る時はほぼ全て、職場では手術中以外の時間に、気付かれないようにずっと見続けているからこその結果だろうが。
 それを他人は愛とは呼ばず依存と呼ぶかもしれないが、依存だって立派な愛の一つの形だと精神医学的にも立証されている。
 だから、祐樹が決めたことなら黙って見守っていくしかないだろう。
 祐樹が個室から出てきた時に、普段以上のタバコの香りを纏っていた。
 ストレス要因は否定出来ないが――そもそも、医師なんてストレスの塊のような職業だろうと思っている。患者さんの命を預かるのだから、やり直しなど効かないのは自明のことだった。他の職業を見下すわけでもないし、職業に貴賤はないと本気で思っている。しかし、自分の狭い世界の中ででも、営業担当の人がミスをして他の病院に勧めるハズの資料を持って来て、それを提示されても「違いますよ」「誠に申し訳ありません」で丸く収めるが、救急救命室では判断ミスが患者さんの命に直結する。杉田師長がそうならないように目を光らせているとはいうものの――遺伝子的に祐樹はガンへの耐性が自分以上に高いことはこっそりと調べてあった。それ以外の喫煙リスクは病院の普通の企業よりもさらに細かい定期診断の時の数値を穴が空くほど眺めていたので大丈夫だろう。だから喫煙を咎める積もりはなかったし、この頃は自宅で吸う量も減っていたというのに。
 タバコは「百害有って一利なし」と断じられているが、精神のリラックス効果は確かに有る。だから祐樹も「この件」について相当な気苦労とか頭の回転をさせているに違いない。
 それを癒すためにも、殊更に普段通りに振る舞おうと思った。
 それが。

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