アースクエスト!

ワイTUEEEE

序章 3.はじまりのおわり

銀色に光る《プレイヤーカード》画面を和希かずきが嬉しそうに眺めている。
俺達は今無事クエストを終え、ギルドでひと休みしているところだ。4人それぞれがペットボトルに入ったジュースを飲んでいる。
俺と和希はコーラ、彩芽あやめはいちごミルクのタピオカだろうか。りんはフルーツジュースっぽいけどピンクのフルーツってなんだ?女子力高ぇなおい。
「眺めてもランクは上がらないぞ。」
「わかってるよ。でもグレードアップしたこの気持ちは収まらないから仕方ない!」
なおも嬉しそうに和希は画面を眺める。
《プレイヤーカード》アプリ。それは持ち主の強さを数値化することで、客観視できるようにしたものである。株式会社KADOWAKIによって造られたスマートフォンの1アプリで、画面の左側に大きく顔写真があり、右側に名前、役職、ランク、攻撃力や特技など各詳細が書かれている。同アプリは、この《プレイヤーカード》画面の表示の他に、一定のランクに達することでギルドから貰えるスキルの練習方法や実践動画などを見る機能も付いている。
地上には、やはりKADOWAKIがつくる超小型透明ドローンが無数に飛んでおり、クエスト達成状況を監視している。それに応じてランクがあがるシステムだ。ランクに限度はないが、多くの人々にとって100を超えるのが難しいため、弱者を中心に「100の壁」などと言われることもある。ただ、100を超える猛者たちは、既にクエストとは何たるやを知っているため、そしてギルド側の「さらなる高みを目指して」という願望から経験値ブースト状態にあるため、割と楽にランクをあげることができるらしい。
これで俺と和希はランク76だ。ランク75を超え、今日からはれて中級者である。
ひと通り眺めたのか、和希がスマホを閉じて顎に手を当てる。
「なんで彩芽と凛はすぐにランク上がるのに俺たちは遅いんだ?しかも俺らの方がランク低いから必要経験値は少ないのに。」
和希がさも不思議だというように問う。
確かに、いくら経験値ブースト状態になっているとしても差が開き過ぎである。が……。
「それ本気で言ってるの?」
ジト目も可愛いので思わず告って「友達なら……。」って言われるところだった。あれあの後、気まず過ぎて友達になれませんでした。……ん?なんで途中から俺の黒歴史暴露になってんのん?
裕真ゆうまさんたち前衛が何もしないから、私たちだけで倒してしまったんですよ。」
凛が苦笑いしつつ言う。ああ言われてしまった……。
だが反論させて欲しい。一週間前に買ったあの武器。いやはや重すぎてとても使えたもんじゃない。武器にも適正ランクというものがあり、俺の剣、クリスタル……なんだっけ長いから《クリス》にしよう、は適正ランクが100であった。つまり上級者用の剣である。そういえば彩芽が買う時そんなこと言ってたな……。投資する未来が先すぎるぞ。
また、和希の《リザールソード》は適正ランクが86と、お互いまだ上手く使いこなせない。
「でもクエストに参加するだけで経験値貰えたんだしいい方だろ、経験値ブーストはクランメンバー全員に適用されるから一気に40もランク上がったし。あとこの戦い方楽だ。」
和希を宥めるように俺は言う。すると和希は話を少し変え、
「しかしあのすっげー太ったゴブリン?は最高だったな。あいつら経験値高いだけじゃなくて高級食材だもん、素晴らしいモンスターだったな。」
と言った。
お前何もしてないからな!※俺も。
「あれ、はぐれたメタルってモンスターなのよ。」
彩芽が丁寧にモンスター名まで教えてくれる。
「でそのはぐれたメタルだかはぐれたメタボだかのクエストはどこで手に入れたんだ?あんなのギルドになかったぞ。」
ふと疑問を口にした。だいたい、あんな効率の良いクエストがあろうものなら受注希望者が多すぎてギルド内で抽選になるはずだ。
「ふふ、火星よ♡」
「セレブ街のギルドからクエストを貰ってくるなんてお姉ちゃんは流石です!凛、惚れ惚れしました!」
権力乱用してる人を尊敬するだなんて凛ちゃんは流石です!裕真、フラれました!……まだ告ってねぇから!
なるほど火星か。
たしか、二酸化炭素が豊富らしく火星は金持ちが多く移住したんだっけな。
現在は、地球地下の二酸化炭素濃度も火星とおなじくらいだ。かつ門脇健かどわきたけるの子孫であり現株式会社KADOWAKI取締役会長が発明した、《どこにでもドア》によって地中火星間を自由に行き来することが出来る。そのため火星と地底の違いといえばそれは《GEIO》によって振り分けられるクエストの難易度だけと言って良いだろう。もちろん報酬もだが。
ちなみに、《転移魔石》では火星に行けない。あまりにも距離が離れているためだ。
「さっさと周回してランク100まであげちゃおう!そのあとは裕真くんのおうちでパーティね!」
「「おー!」」
彩芽の掛け声に凛と和希が威勢よく声を上げる。はしゃぎすぎだぜ、みんな揃って手まであげちゃって。
えちょっ!?俺んち?まじで?



※※※



新城姉妹は既にランク100を超えていたため、俺たち2人が100になるまで何度もクエストを回った。途中から和希は自分の剣を使えるようになったので、調子に乗って死にそうになったこともあった。君死なんといて。晶子よさの泣いちゃう。
そういえばランク100の《プレイヤーカード》はゴールデンカラーでした。



※※※



「裕真くーん、何食べたいー?」
彩芽が、カートを押しながら隣を歩く俺に訊いてきた。新婚夫婦みたいな会話!
その後、俺達は得た報酬金でパーティの料理に必要な食材を買いに俺んち近くのスーパーに来ていた。さすがにメタボゴブリンはぐれたメタルだけじゃね……。
店内は夕方だからか主婦が多く、タイムセール商品の前では戦争が勃発していた。
「んー、彩芽が好きなように料理してい……。」
「お姉ちゃん!プリンです!これ買ってください!」
俺が言い終わる前に凛がプリンを持ってきた。ほう、お主プリンか。コーヒーゼリー派の俺とは宿敵だな。オレンジゼリーも良いが、杏仁豆腐が1歩優る。ぼく、デザート大好き!
和希はといえば、駄菓子売り場でうまいボールという10円で売っている菓子をいくつ買えるか計算していた。消費税ってキライ。
《CRH》が体内にある以上、人工太陽の光を浴びて水を飲めば生きていけるのだが、それでも食の美は色褪せない。現在は趣味や娯楽のひとつとして嗜まれている。
「なんだかこうやってると恥ずかしいね。」
本当に恥ずかしそうに彩芽が笑う。
「おっ、じゃあ荷物持ちはおしま……」
「それはダメ。」
言い終わる前に否定されました。
「ねぇ、ちゃんと周り見てよね、クラスの子たちに勘違いされたら困るもん。」
なるほど恥ずかしいのはそっちか。さすが女子だけあって噂は気になるんだな。
「だれもまさか俺となんて思わないだろうぜ。気にすんな。」
噂やゴシップに全く興味のない俺は特に目も合わせずに淡々と言った。
「そ、そんなことないんだけどな。」
小さな声でゴニョゴニョ彩芽が言い返す。
一瞬ドキッとした。だが伊達に黒歴史を持つ俺じゃないぜ!
「まあなんだ、その、人の嘘も1度きりっていうしさ。」
こういう時は適当に言葉を濁して話を片付けるのが吉。ここで「俺の事好きなんじゃね?」とか思って浮かれてると、あとでマジ顔で「無理キモっ。」って言われる。ふぅ、号泣イベント回避だぜ!……とはならなかった。
「そんなに短かったっけ……?」
あー、それ俺の場合でした。いやほら陰キャの噂って「~だってー。」「へー。」のあと全く触れられないよね。
去年の校外学習の時のバス座席、風邪で休んでた俺は同じく休んでいたクラスの2番人気の子と隣の席になった。要はあまりである。普通男女が隣同士になったら何かしら弄られるのに俺達は……って危ない!それ以上言うとメンタルが死ぬ。しかも俺が窓側で彼女が内側の席からこっこり補助席に言って友達と話してたなんて思い出したら病むまである。う、目眩が……。
その後はほとんど会話もなく、割とスムーズに買い物を済ませた。主婦たちいつまでセール狙ってんだよ。



※※※



「へぇ、裕真くんって一人暮らしなんだね。今度遊びに来ちゃおっかな。」
彩芽が玄関上がるなり、早々に聞き捨てならないことを言った。が、童貞の俺はそれを悟られないように聞かなかったことにした。
いやビクッとしちゃうだろ!主に息子が。
地底生活も早200年経つ。出版制限のおかげで人口は20億人まで減った。まだまだ沢山いるでやんす……。
俺の部屋は地底の首都、《エルスタ》の高層マンションの8階、角部屋である。
前は親が住んでいたところで、俺が望んで買ったわけじゃないが結構気に入っている。
俺の両親は共に《GEIO》の職員である。
そのため、職員寮で寝泊まりしている。
よって俺は一人暮らしだ。安心したまえ、薄い本もデジタル化しておる。バレる心配などないのだ!



※※※



リビングでめちゃめちゃ騒いだ。仮想世界に入り込めるVRゲーム中の和希の背中に氷を入れておいたり、凛とババ抜きをしている和希のカードを見て身振り手振りで凛に教えたり。
……和希にしかちょっかい出してないあたりコミュ障とよく分かる。かなC通り越してやばEまである。
凛は疲れ果ててリビングのソファで寝ているため、俺達は俺の部屋へと移った。と言っても、和希は塾のため帰ったため、この部屋は俺と彩芽、二人きりである。オラわくわくすっぞ!これラブコメなら告られる展開だよ!
しかし久しぶりに大勢ではしゃいだのでやけに疲れた。疲れたのは彩芽も同じなのか、部屋に入ってからお互い言葉を発しない。そうしたままの沈黙が秒針2周ほどあったが、それが随分と長く感じられた。
……いや2分はまあまあ長いな。どんだけ時計見てるんだよ俺。
こういう時、昔は電車や車などといった移動用機械の騒音で誤魔化すことができていたらしい。科学進歩すんな。
「あ、お茶持ってくるね。」
流石の俺も沈黙に耐えられず、わざわざコップを空にして新しい茶を持ってこようと立ち上がる。さて、生の茶にしようか、呼んでる系茶にしようか、爽やかで健やかで美しい茶にしようか。選ばれたのは……。
すると、立ち上がる途中の、丁度中腰ぐらいの体勢のとき、彩芽が口を開いた。
「……裕真くん。」
とても重い口だったのだろう。一瞬にして神妙な空気が俺の部屋に行き渡る。
思わず息を呑む。口の中が乾いているのは季節のせいではないだろう。これから始まるであろうなにかを受け止める準備を体がしている。
「なに?」
告白告白告白告白告白告白告白告白告白告白告白告白告白告白告白告白告白告白告白。そう何度も脳内で念仏を唱え、恐る恐る尋ねた。
「裕真くんは、どうして私みたいな面倒な女の子に構ってくれるの?」
いや違うんかーい!
……なんでと言われても、関わったのはここ数日の話だしな。それも原因は和希だからなんとも言えない。そんな場にそぐわない本音を押し殺し、少しずつ言葉を選びながら、もうひとつの真実を語るべく口を開いた。
「いや、なんつーかさ。その、単純に可愛いってのもあるんだけど、クラン設立前後も先陣切ってくれたし、しっかりしてて別に面倒な人じゃないと思うよ。あと可愛いし。」
慎重になりすぎて同じ言葉使っちゃったよ!問題文に「同じ言葉は1度しか使えません。」って書いとけよ!現国この前これで点数落としたからな。原告となって裁判を起こしてやる。
あ、てかちょっと弁解させろ!
「あっ、いやほら、俺みたいなぱっとしない人にも和希みたいな、モテモテんこ盛りな人にも平等に優しく接してくれてるというか……。」
まぁ俺への優しさは『ボッチここに極まれり』への憐れみや「優しくしてあげてる私可愛い」も含まれるのかもしれないけどな。それでも可愛い子に優しくされて嬉しくない男子なんていない。
「私ね、お父さんに肩書きを求められたからこの学校に来たの。『お前はこの会社を継いで更に大きくするんだ』って。でも、なんだが荷が重くて。最初は頑張ってたんだけど、それもなんだかクラスの周りの子には違うように見えたみたいで。『就職先は社長決定なんだから学級委員長枠を取ってほかの人たちの成績下げるな』とか『どっかの成金と結婚するんだから私の好きな人に優しくするな』とか言われて……。もう、お父さんもクラスメイトも、取り繕ってる私なんかも嫌いになっちゃった。」
聞いているだけで胸が苦しくなる。親の鎖はなかなか取れない。
「彩芽……。」
いつもの笑顔のわけはこれだったのか。前にも、少しこの話をしようとしてたことがある。これが理由で入学したなら、少なくともこの思いを3年間抱き続けていることになる。
きっと、寂しかったんだろう。1人は楽しくても、独りは辛いから……。
またも沈黙が続く。
「それでね、私家を出ることにしたの。」
少しでも暗い雰囲気を払拭しようと無理に笑う彩芽を俺は直視できない。
「そうなんだ、一人暮らしも悪くないと思うよ。わからないことがあったらなんでも言ってね。」
一応言葉は明るく着飾ったが、声音は沈んでいた。思わず顔を伏せる。こんな家庭の事情を知った今、否定など俺にはできない。
「それで、その……。」
何かを躊躇っている。引越しの費用のことだろうか。いや、それはクエストの報酬でどうにかなる。この話は内密にして、という約束だろうか。いや、そもそも俺だけに言うメリットがない。同棲したいという話だろうか。そうに違いない!
「引っ越すんだけど、お部屋がエルスタワー8階の19号室なの。」
今度は先程のような無理矢理感はなく、純粋な笑顔でそう言った。
なるほどエルスタワーの8階の19号室……!?
「お、お隣!?」
同棲は冗談だったのだが割かしそれに近い形になっている。変な汗止まんねぇ!
すると、彩芽はやっと言えた解放感からか俺の近くに住める嬉しさからか、机に身を乗り出してこう言う。近いよ///。
「うん!そうなの!これからよろしくね!わからないところあったらすぐ聞きに来る!あぁ~裕真くんって本当頼りになるね!」
だからそれは便利なだけだってええええ!!
俺が心で泣いてることなどいざ知らず、彩芽は満面の笑みで言ってみせた。きっとこれまでの笑顔も全部が嘘ではないんだろうな。
てかわからないことってなんだろうな。下着の洗い方?夜中の音漏れ対策?よし、それを口実に通いつめて合鍵貰おう!などと、俺が着々と脳内で犯罪に手を染めていると、彩芽が姿勢を正してまたニコっと笑った。
「改めてよろしくね、裕真くん。」
「ああ、よろしくな。」
こうして俺たちの、新婚生か……危ねぇ結婚した気になってた。3日で離婚させられて裁判で金取られるとこだったぜ!
こうして俺たちの新しい生活が始まった。
キョリ0センチまであと……。

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