アースクエスト!

ワイTUEEEE

序章 1.はじまりのはじまり

「は!?こいつ速すぎだろ、裕真おとり役代われ!お前足速いだろ!」
「いくら俺でも無理だって。」
そう言って俺、上野裕真かみのゆうま東雲和希しののめかずきはシソチョウみたいなモンスターから逃げていた。
水分の少ない荒野の上を、奴は俊敏に跳び回る。だから和希がおとりとなり、捕食をするために立ち止まった瞬間を、岩に隠れた俺が飛び出て斬りつける作戦だったのだが……。
「人間の足の速さなんてたかが知れてるだろ。大人しく逃げよう。」
単体で生息するはずのそのモンスターは何故か群れを成しているし、そのうちの一体に俺は見つかるし……。予想外だらけで俺達は逃げていた。
かっとビングできる方のユウマならどうにかなったのに!
「せっかく良い報酬のクエスト見つけたんだぜ、倒してこうよ!」
この期に及んでまだ言うか。
俺は和希を説得するのを諦めてポケットから《転移魔石》を取り出した。



※※※



「おいおい裕真くんさぁ、なんで戻っちゃうのよ~。」
と和希が言う。
俺の使った《転移魔石》でギルドに戻り、スマートフォンに装備をしまった所でようやく和希が口を開いた。現代科学では、物すらも記号化し情報として処理することができる。そのひとつがこの衣服収納アプリだ。
和希はすらっとした高身長イケメン。装備を脱ぎ半袖半ズボンと、10月にしてはやや寒い格好であるが、彼の爽やかさはいつでも寒過ぎず涼しい。
やや明るめの茶髪に優しそうな目。いかにもモテそうな人柄に溢れ出る包容力オーラと、才色兼備どころか全色兼備である。
「あれは最後までいたら確実に死んでたぞ。それとも最期まで居たかったか?」
反論するは俺、裕真。
自分で言うのもなんだが常に「普通ちょい上」の男だ。外見も性格も。……と自分では思うが性格良かったら友達出来るはずなんだよねぇ。外見も良い方だとは思うのだがなかなか告られない。ちなみに身長は167センチとやはり普通ちょい上である。
「まぁいいや、明日学校で対策相談な。んじゃ。」
「またクエスト受注すんのかよ……」
和希のやる気に呆れつつ、俺も指定先が自宅の《転移魔石》を取り出し、ボタンを押した。《転移魔石》は予め指定した場所に瞬時に移動することが出来るスグレモノだ。命名者が異世界に憧れてるだけでこれは歴とした現代科学アイテムであり、天下の株式会社KADOWAKIの商品である。
そういえば明日は保健の実技テストじゃなかったっけか。練習する時間は……ないな。評価散々だったらあとで和希にドロップキックかまそう。
「にしても保健実技ってなんかエロいなぁ。」



※※※



翌日、無事保健の実技テストである心肺蘇生法でD評価を貰った俺は次の授業、歴史の時間にどうやって和希にドロップキックかまそうか考えていた。
「本日は近代社会のまとめの時間です。各班で新聞を作りましょう。それでは4人1組の班になってー。」
新聞かぁ、たぶん班の仕切りたガールがうまくやってくれるだろう。幸い、うちの社会科の教師はまだ若い。
「えーせんせーだるいーww」
とか言って仲良くするだけで評価は貰えるだろう。あ、陽キャ限定でした……。
「……くん、裕真くん。ちょっと聞いてる?」
「え?ああ、ごめん。ちょっとボケーっとしてた。でなに?」
えぇ、彩芽しきりたガールちゃん、なんでモブに意見求めるのよ~ん。あ、一応か。
前学期学級委員長を務めた彼女はしっかりもので規律を重んじ寛大な心を持つ、スレンダーボディにショートヘアな女の子。彼女は少し胸を気にしているようだが応援するのもまた男子の一興よ!
それから、髪を耳にかける仕草がたまらないので先生次の席替えは俺と黒板の間に彩芽ちゃんを入れてください。ずっと眺めてたいんです。同じ列はやめてね……。
いつも朗らかな笑みを浮かべる彩芽ちゃんはクラスの中心的存在だ。いや俺クラスの端っ子なんでわかんないですけどね。……クラスの恥っ子じゃねぇよ!
「この班はクエスト経験者私と裕真くんの2人だから私たちが主体となって進めよう、って話になったの。」
近代をまとめるにあたってクエストの存在は外せない。
なるほも俺らが主体……え!?思わずホモ出ちゃったじゃん。
「てかよく知ってたね、俺がクエストやってるって。」
なんで知ってんの?俺の事すきでしょこれ。
「だって和希くんと一緒にやってるでしょ?」
そうだったな、和希はモテるんだったな……。もー萎えましたー。てか萎れて枯れましたー。
「あー、じゃあさ、その代わりクエストできるまでの過程のまとめはパスで。」
「ダメだよ、みんなでやらないと。」
「そうだよ!」
「ねー!」
……しまった。俺よりもモブいやつしかこの班いないわ。せうじんは同じて和せずって孔子も言ってたよ!
「わかったわかった。じゃあとりあえず原稿みたいなの書くから3人は新聞の大まかな構成を考えててくれ。」
結果的に俺が色々やんのかよ……。
「裕真くん頼りになるね。」
そんな超かわいい笑顔で言ってもダメだ!これは頼りじゃなくて便利だよって意味なんでしょ。ぼく、きょねんたいけんしたもん。そこら辺の男子にも接してくれる優しい女の子ってうっかり好きになっちゃうよね。見事にフラれました……って変なこと思い出させるなよ!



※※※



2525年、そのなんかめっちゃニコニコしてそうな年に人類は大きく変わった。
1月1日。国連のとある機関が発表した全世界人口は約300億人。急速に医療が発達したり、国連の「国家予算共有条約」により諸発展途上国の経済が安定したりしたために、人口は爆発的に増えた。
2月16日。かの大博士、門脇健かどわきたける氏は、人口増加による食糧難を解決するため、葉緑体を体内に入れる実験をし、成功した。これがあれば、水を飲んで日を浴びるだけで生きていくことは出来る。
そして翌月には葉緑体と全く同じ性質の無色透明なものまでもを開発し、見事体内に宿した。以後、この被験者たちの子孫は全員体内に無色葉緑体がある状態で生まれてくることになる。博士って何もしないと無職(将来)不透明だよね。
5月2日。最後の植物が枯れた。その数週間前には既に動物の姿など見られなかった。そう、あまりに多くの人々が一斉に体内に無色葉緑体Chloroplasts Required for Humans、通称《CRH》を入れたため、二酸化炭素の量が足りなくなったのである。各国は火力発電を推し進め、中東諸国はがっぽり稼いだ。いいなぁ石油王。当然、大気は汚染された。排気ガスを減らしては、二酸化炭素が増えないからである。また、温室効果ガスがどんどん人間に吸われたため、地表は氷河期に見舞われた。地上はどんどん荒れ果てていった。
8月29日。夏休みも終わる頃、ついに国連は移住を決めた。場所は地底と火星。なんでも、当時のロシアという国の北の方にプレートがなくマグマも少ない、素晴らしく大きな空洞が見つかったのだという。入れる人口はざっと200億人。ただし当時の東京や昔の九龍城並の人口密度だが。火星の方は太陽系のあの星である。人工衛星の探査機によって二酸化炭素が極端に多いことが判明したらしい。人が多いところは嫌だ。もっと素晴らしい二酸化炭素が吸いたい。というリッチな人々は火星への移住を望んだ。ただ、一部の人々は移住するための金がなかったため、地上で無残に死んでいったという。
また、いつか地上が元に戻ることを願って、人類は全ての建造物を壊し、完全に更地にした状態で地上を旅立った。寒さに強い植物などを植えようとも考えたが、「次来た時に二酸化炭素が少なくては困る」というアメリカの大統領の発言により却下された。なんともふざけた話である。
そして現在のような暮らしが始まった。
当時のデジタル随筆、ツイッターにはこう書かれている。
「初めこそ戸惑ったものの、地底の天井には人工太陽があるため別段暗いわけでもないし、家ごと転移したので生活環境が変わるでもない。なにか困ることがあるとしたら、人口増加を抑えるための出産制限だけだな。2人までは全員大丈夫だが以降は金がかかる。」
また、この機会に国といった境は無くなり、言語も統一された。世界でも有数の難しい言語であり、《CRH》という無色葉緑体の発明者が日本人であったことなども考慮し、日本語が共通語になった。
いや無色葉緑体ってそれ葉の要素も緑の要素もないやんけ。
2608年9月1日。地上環境調査機構《Ground Environment Investigation Organization》、通称《GEIO》によって、地上に謎の生命体がいることがわかった。白亜紀の恐竜のような姿をしているという。
2609年3月24日。各地域の軍隊(移住後は戦争などがなかったため戦闘員は誰一人おらず、正確にはただのマッチョ軍団) が地上に哨戒をしに行った。
幸い、氷河期は去っていた。というか生命体が観測できたのは随分前に氷河期が終わり視界がはっきりしていたからなのだが。
地上では、それまで観測された恐竜やマンモスなどの大昔の生き物の他に新種、それも物語に出てくるようなものも沢山いた。
水分に命が点ったのか、スライムのような生物もいれば、全身鱗で覆われた火を吹くドラゴンもいたという。
……もうこれ異世界やん。
地上が元に戻るならそれはそれで嬉しいので、地底の代表達はクエストと称してモンスターの討伐を民に依頼した。もちろん報酬付きで。
現在は、クエスト難易度もプロ級から初心者向けまで様々であり、そのアクションの奇抜さや報酬金の高さも相まってグングン人気を上げている。スポーツとなりつつあるが、命を落としかねないので賛否両論ある。現在は主流のスポーツである「インターネットゲームスポーツ」、略してイースポーツも大昔は世間からの評判はあまり良くなかったという。おそらくクエストも同じで、時がクエストをスポーツにしてくれるだろう。がっぽり稼いでどっかの美人な社長令嬢と結婚する日もそう遠くないはずだ!うんそのはず。
「うーん、裕真くん。なんか途中で変な意見入れるのやめてくれない?」
彩芽ちゃんが困った顔で俺を見てきた。苦笑いされて距離を感じる。
「ああー、記者の意見も必要かなって。」
そう言って教室前方の壁にある時計を眺め、後頭部を掻きながら俺は答える。説明しよう!モブは、人と話す時とは後頭部を掻き、写真を撮る時は首の後ろを触るのだ!などと俺が自己紹介に熱心な間に
「まあいいや。私たちで新聞の構成と残りの記事は書き終わったから、さっさとまとめて終わらそ。」
すっと普段通りの笑顔に戻り、淡々と資料をまとめながら彼女は言った。



※※※



「……なんで彩芽ちゃんが?」
放課後、和希が彩芽ちゃんを連れてうちにやって来た。玄関を開けるとあーら不思議!女の子が立っているではありませんか!その前の男は焦点が合わずに見えませーん!
「言ったろ、対策練ろうぜって。」
「いやそれはそうなんだけどさ、その……」
「ああ、彩芽は上手いからな。助力を仰いだ。」
なんだよコミュ力高ぇな。
「そんでさー、なんか3人なら行ける気してんだよね。もう行こうぜクエスト。」
「は?いやいくら彩芽ちゃん強くても無理だろ。」
一人増えたくらいでどうにかなるクエストではないことぐらい、昨日の対戦で思い知ったはずだ。
それに奴らは群れをなしていた。警戒態勢に入っているかもしれない。
「ふふーん。私の強さを舐めてもらっちゃ困るよ。」
得意気に笑う彩芽ちゃんに、もはや普段の可愛さは感じられなかった。代わりに、闘志を抱く乙女の目が輝いていた。まぁ結局可愛いんだけどね!



※※※



ドカーン。強烈な魔法に打たれた地面とシソチョウもどきは焦げていた。
俊敏に駆け回るモンスターに、空から稲妻が走ったのだ。モンスターを中心として同心円状に深く削れた穴が出来ている。
恐らく倒したのは親玉だろう。他の奴らは即座に逃げていった。なるほど、親玉を先に潰せば手下は皆逃げるのか。
「横に動く獲物に対して縦で攻撃するなんて凄いな。線ではなく点で攻撃を当てるなんて。」
和希がそれっぽく褒めあげる。
魔法と言っても、現代科学アイテムがひとつ、《神杖しんじょう》に《呪文コマンド》を詠唱することで周囲の物質に影響を与えるのであって、所謂物語の魔法ではない。
「ははっ、彩芽さん強いね。」
いや強いとかいうレベルではなかった。クエストU-15代表なんじゃねぇかと思うくらいだった。名前も新城彩芽しんじょうあやめから神杖彩芽に変えた方が良くねってレベルだった。思わず上ずった声になる。
「これからは3人でやろうよ、今までソロでつまらなかったのよね。」
彩芽ちゃんは、笑っていた。

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