神の使徒

ノベルバユーザー294933

第三十一話「休日」

初仕事が失敗してしまい俺は意気消沈となりながらも借りているホテル「シュプラー」へと戻ってきていた。
かなり体に疲労も溜まっていたのか、ホテルのエントランスに着くとどっと今まで気づかなかった疲労が押し寄せて来た。
ダルいな……そう感じながら受付の青年に声を掛けた。青年はすぐに反応すると、読んでいた分厚い本を閉じて俺達を見やる。

「……生きてたんだな」

興味なさげに彼は告げた。視線が少しだけ閉じた本に向いているのは俺は無視する。
もう苛立つ気力もないからだ。

「部屋の鍵をくれ……」

「5号室の部屋だったな」

そう彼は告げるとホテルから出かける前に返した鍵を俺へと渡してくる。
俺はそれをありがとうと簡素な礼を述べて受け取り、そそくさと部屋へと向かった。
二階の部屋木材建築の家屋の古びた扉を幾つか越した後にようやく目的の5号室へと到着する。俺は扉の鍵を開けてゆっくりと開いた。ギィ……と扉の軋んだ音を聞きながら部屋の中に入る。すると、待っていたかのようにここまで無言だったリリエールが備え付けられた簡素なベッドに飛び込んで猫撫で声を上げる。

「うぅぅん♪ ……ようやく休めるよ」

「おい、寝る前に風呂に入って来い……俺達は3日間あの森の中でさまよいながらユーリエ草を探していたんだ、臭うぞ……」

まぁ慣れてしまっているので俺には臭いの度合いなど分からないが……ただ清潔感を持つならきちんと入っておけば、それだけ気分も優れるというものだ。

(うるさぁいよぉ……)

と、頭に声が聞こえてきて、思念会話するほど喋ることに億劫になったか……俺は腕を組み、ふぅ……と溜息を溢す。

「俺は風呂に入ってくるぞ。夕飯もついでにシュプラーの食堂で食ってくるから、起きたらまずは風呂に入って来いよ……飯とかは部屋に持ってくるからな」

(はぁーい♪ ごゆっくり……)

返事だけは随分と良く聞こえて、俺は言いたいことだけ言ってから、部屋から出て行く。リリエールは寝ているので、部屋に鍵を掛けておく。もし唐突に起きて部屋から出て行こうとするかも知れないがその前には戻って来るつもりだ。荷物の貴重品なぞはないが……、安全面としては常に気をつける癖があるので中々習慣とはやめられないものだ。

コツコツと靴音を響かせて廊下を歩き、階段を降りて行くと一階のエントランスから続く浴場へと向かう。此処数日の疲れと垢を落とすために……。

……。……しばらくしてから、俺はふぅと息を吐いて茹で上がる体で浴場から出てきた。
数十分も長湯してしまった。気持ちいいので仕方ない。風呂は命の選択って言うしな。充足感を得て今度は食堂へと足を向けた。

食堂へと入ると食器のカチャカチャという音がよく聞こえるようになった。食堂に並べられたテーブルには数人の宿泊客が談笑しながら食べている光景がチラホラと見える。
俺はそれらを眺めながらカウンターへと向かった。

「すまない? 誰かいないか?」

誰も店員らしき人物がいないので厨房の奥へと声をかける、誰かしらいるだろうと思って声を掛けてみた、すると厨房の奥から女性が現われた。独特な陰のある美女だ。
俺はその姿を見て息を呑む。少々エロスで過激な恰好をしている……夜の店あるあるだ。
フレンドリーで話し掛け易い相手でないので萎縮してしまうな。

「初顔ね……此処は顔馴染みが多いから、それで何が欲しいの? メニューはこれだけよ」

そう渡された文字列のメニュー表、そこには幾つかランチメニューが並んでいる。俺はそれを2つほど適当に選んでオーダーする。

「承ったわ……」

「そういえばこのホテルは部屋でも食べてもいいのか?」

「構わないわ、ただきちんと食器は返却してね。たまにいるのよ。部屋に数日間置きっぱなしにしていく方がね」

そう告げて彼女は厨房の奥へと消えていき、俺はその後ろ姿を見送った。
ふむ、いい女だ……。魅力的な彼女に俺はすっかり魅了されていた。

「おい……お前」

見惚れていた俺に藪から棒にそう言って、俺に声を掛けてきた人物がいた。
その人物、言っては悪いがホームレスのような恰好をしている男だった。

「んえ?」

唐突なことに俺は少し慌て気味にそう返すと、男は告げる

「この国にもしも終末が訪れるとしたら……どうする?」

ニヤリと男は笑う……。
……えーとなんだって、終末だって……? いや、意味がわからんぞ? 
終末って終わりとか滅びとかそういう意味でいいのか? それと国って言っていたから今いるこの聖王国でいいのだろうか? ただこんな質問をしてくるなんて危ない奴に絡まれたのではないだろうか……とにかく返答を俺は返す。

「どうって……わからないですけど……」

「……ふふふ、紅き月昇る時、常世の夜は空を覆い、地の底よりて復讐の王は帰還する──」

「おい! そんな奴の話し真に受けんなよ! そいつは終末教だ!」

声を張り上げるようにして、今度は別の男が怒声を放つ。何なんだと思っていると、俺に話しかけた男はニヤリと俺を見た後に足早に食堂から出ていった。
本当に……何だったんだろうか?

「……ったく、最近どこにでもいやがるなぁ」

そう言って声を張り上げた男はテーブルに置かれた酒だろうか? それを飲んでふぅと息を吐いた。俺は先程の話しが気になったので彼へと近づいて行く。

「あの、すみません、先程はどうも……その事情がいまいちわからなかったのですが……あの人は?」

「あぁ? お前知らねぇのか?」

「あ、俺異世界人なんです。それでこの世界ことは疎くて……」

「チッ、けど教えるのは終末教のことだけだぞ? 他のことは別の奴に聞けよ。役所とかな」

役所のことを告げられ、まぁ確かにこの世界のことなら役所に聞けば大抵のことはわかるからな、と、俺は了解の意味で頷く……。
男は俺が頷き返したのを見て酒を一気に飲み干してから言った。

「終末教……ある時を境に急激に起った新興宗教だ。奴等はとにかく開口一番にこう叫ぶこの国に終末が迫ってる危険だ危険だってな。だが、それ以上は何を聞いても時を待てか、意味の分からん預言だ。ただ少しずつではあるが数が増えていってる。まぁ、人ってのは危険とか言われるとよくわからん預言を信じちまう生き物だからな。とにかく関わるなあの宗教にはな! わかったか?」

「わかりました。気を付けます……」

俺はそう告げると、チリンチリン……と、カウンターで先程オーダーをとってくれた女性が手にベルを持って鳴らしていた。
呼鈴……。
どうやら食事ができたようだ。視線が俺を射抜いており、早く取りに来てとあんに伝えているようだった。
俺は男に礼を告げて、カウンターへと戻っていく。女性がやってきた俺に言葉を介さず目だけで、できたわ……と、告げてくる。
ありがとう、そうお礼を言ってトレーに乗った食事を持ち上げる。トレーの皿にはどちらにもラップのような包装がされていた。正確には材質は違うもののように見えるが、此方の世界ではこれが短期間保存できる方法というわけだ……。
これならここで食べる必要性はない。変な人物に絡まれたりしたので、今は部屋に戻り食べた方が安全だろう。

俺はそう歩き出した。途中……受付の青年と目が合い。

「美味そうだな……」

と、まさか俺に振って来たのか? まぁこの場所には俺と彼しかいないのでな。

「そうだな。君も食堂に行ったらどうだ?」

そう告げると彼は頷いてから立ち上がり食堂へと移動していった。なんとなく歩き方に疲労感を滲み出している。かつての同僚で栄養失調で退職していった人物を思い出す。
危なげな歩き方だ。

「……」

青年が消えていくまでその背中を見送り……
俺は自分の借りている部屋へと戻った、鍵を掛けていた部屋の扉を開けて部屋へと入る。

……先程、この部屋から出た時と同じでリリエールはベッドに突っ伏して寝ていた。爆睡している。寝息は静かだが、あまりに何の反応もないので、だいぶ疲れていたんだなと思った。まぁ森の中を歩き続けたし、あの二人と魔法合戦のようなことまでしていた。それに村の人まで加わって、とんでもないことになったが……。それをリリエールは魔法で返り討ち……いや退けたが妥当か。
その為にかなり強力な魔法を使ったのは素人目の俺でもわかる。ゆえに多量の睡眠が必要なのだろう。
俺はそう考えながら、持ってきていた食事を備え付けられた小さなテーブルに置いて食べ始める。食べてみて、美味いと心底思った。彼女の腕は一流だろう。まあプロの食事など食べたことなどないのだが、しかし美味いと感じることが一番大事だ。俺はそう舌鼓を打ち食事を食べ終えて、俺はベッドに横になる。
そうしていると、ふと……先程の男の言葉を思いだす。

「紅き月、常世の夜……、復讐の王……終末教か……」

気にしてはおくか、終末教という連中、近年王国で数を増やしていると聞いたし、増えているということはそれだけ言葉に信じるに足る何かがあるのだろう。
……操られているだけかも知れないが。
とにかく寝よう……本当に俺も眠い……。

俺はゆっくりと意識を手放していった。















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