神の使徒

ノベルバユーザー294933

第二十六話「仕事依頼(採取)」

……燦々と輝く太陽の木漏れ日、それが木々の間から差し込んでくる。風情ある情景、やはりこの場所はこうでなくてはならないな。

此処は大森林、この場所はよく知っているつもりだ。何せ一週間は過ごした場所だ。

ただ……。

「また、戻って来てしまった」

そう俺は溜息を溢した。何せ、此処では色々あった。できればあまり来たくなかったのである。

なぜこんな所にいるのか……。
無論ギルドマスターより頼まれた依頼物、目的であるユーリエ草の採取だ、その自生地が大森林の奥地ということなのである。

なぜ奥地なのか……、疑問はあった。ギルドマスターの話では、ユーリエ草という特殊な草は日陰を好んでおり、しかもわずかな光の恵みでないと成長できないらしい……。

もう少し詳しく話していたが話半分でしか聞けなかったので割愛。唐突にそんな話をしてもらっても理解できぬよ。

ただ、気をつけるべき事柄は覚えているつもりだ、ユーリエ草は幻惑魔法を放ち対象を同士討ちさせるという危険性だ。

はは、まったくヤバい草だぜ……。

嫌な汗を流しながら、一人心配していると、それと正反対に鼻歌混じりのリズムが聞こえてくる。

「ルル~ル♪ ラララ~ン♪」

彼、リリエールは俺の先を常に歩いていく……。毎度思うが、なんでそんなに元気なんですかねぇ? 彼に合わせるとどうしても、息が上がって辛いんだが……。

引きずるように体を動かして彼の後に続き森の中を移動するが、しかし、それを嘲笑うかの如く、生い茂る木々の枝や苔などで靴が滑るなど、自然が移動の邪魔をしてまったく前に進まない。

鬱陶しさを感じ、時に強引に俺は進み、枝を圧し折ったり、飛び越えたりと前に進むが、その時、枝が服に引っ掛かり腕裾が引っ張られる。ぐっと服が引っ張られた時には、嫌な光景を思い浮かべた。無論破れた光景だ。

……まずかったか?

……布が切れた音などはしなかったが、引っ張られた方を見ると、穴などは開いてはいないようだ。

凄いな、異世界でも服の縫合技術は優れているようだ。いや、まぁ向こうの世界でも脆い服は脆いのだが、しかしマスター(神)の言った通り文明は俺のいた世界とはほとんど遜色ないのも事実だ。

そもそも、この服は、ギルドマスターが支給品で余った在庫の一部を気前よく渡してくれたのだ。なんでも数年前に辞めた人物のものらしい……。辞めた人物の服とはなんとも縁起の悪いものではあるが……。
使えるものなら使うという考えなので気にはしていない……よ。

「ったく……」

ちょっと不満気に俺はそう漏らす。
勿論服についてではない。

この場所大森林についてだ。この森に自生する植物の採取、その為に一体いつまで歩けばいいんだ?

一応、また大森林に入るということで一度宿に戻ってから明け方にこの森に入ったのだが、気付けば昼近くまで迫っている。
このままだと、数日はこの森の中で過ごすことになりそうだ。あまりに音信不通だとあちらに迷惑をかけることになる。ギルドマスターは無理そうならさっさと戻って来いと念を押したくらいだ、確実に成功させろとは考えていないだろう。
ありがたいね、失敗してもいいってのは気が楽だ。

そう俺が考えていると、先を歩いているリリエールが突然此方に振り返って此方を静止した。指を鼻先に立てるようにして俺に合図を送って来る。
なんだ?

───その瞬間だった。 

バキバキッ……とけたたましいまでの音が響く。音の方向を見るとどうやら木が数本倒れたようだ。魔獣の類いか? 警戒しながら見ていると次の瞬間には言葉を失っていた。

でかい生物……おおよそ俺の頭では処理できない巨大生物が森の木を薙ぎ倒しながら進んでいた。

「……おいおい、まじかよ」

待ってくれ、なんだこいつは……。
呆けて立ち尽くしていると、そこへリリエールが近づいてきて強引に俺を木々の間に押し込む。

「隠れて、見つかるよ」

彼は言う、それに慌てた様子はない。
俺は自然と小さな声で彼へと訊ねていた。

「あ……あれはなんなんだ」

「……君と同じく異世界からの来訪者だよ。図体ばかりでかくて邪魔だから、お遊びがてらに魔法の練習台にしたりしてたかな。まだ生きてたみたいだね。子孫か何かかな? でもこんなんだったけ?」

なにをしてるんだお前は……。
少し呆れた様子で彼を見やり、ただ、異世界の異世界生物?という頭の混乱する相手に気付かれないように、息を殺して地響きがなくなるのを絶えず待った。
そうして足音が小さくなり、遂には聞こえなくなったのを確認してから、ようやく隠れていた場所から抜け出す。
外に出て見れば、地面に足跡をつけられた場所、そこだけ森が開けて太陽が差し込んでいるではないか。

「でかいな、20メートルはあるか?」

「どうだろ? 測ったことはないからね。でも良かったよ見つからなくて、見つかると結構鬱陶しいんだよ、あのデカぶつ。全速力で逃げ出すから、周辺一帯を破壊し尽くすんだよ」

「……そうだな」

確かにあんなのに動き回られたら、そりゃあ全部薙ぎ倒されるだろうさ。
俺はそう思いながら、巨大な足跡から離れて本来の目的物を探すことにした。

「ここら辺かな?」

ようやく、彼はそう言って足を止めた。 
巨大生物との遭遇という不幸な事故もあったが……。ようやく目的の場所までは辿り着いた。
リリエールが展開していた魔法陣『探索』サーチを消して、周囲を今度は紅い瞳で見回す。

「あそこだね」

そう言って向かって行った場所にはこの場には不釣り合いな透き通る水色の葉をした草が群生して生えている。かなりの数だ。これが、ユーリエ草なのか?
俺が彼へと視線を投げて解答を待つと。

「とりあえず、全部引っこ抜いて持って帰る?」

と、リリエールが言い、それで、やはりこれかと納得する。なら俺が言うのは一つだ。

「そうだな」

同意するように頷いて、ユーリエ草に近づいた。トンと踏み込むと、その瞬間地面が隆起する。
モコッと吹き上がるようにして盛り上がる地面に俺は目が点になった。どういうことだ?

「は??」

困惑の音を漏らして。次には俺と同じ体躯はある生物が目の前に立っていた。

「うわ……こんな所に出るんだ」

リリエールの嫌がるような声が聞こえた後。
ソレは咆える……。

「ウガカァカヴオオオオオオ!」

吼える声。荒々しいまでの咆哮が上がる。
そいつは骨ばった顔、その中で一際輝く真っ赤な血のような目。それが俺を捕らえる。
ただ、なによりも気にしたのは……。

「っ……こいつ皮膚が腐って」

「屍喰種(グール)だね……」

しみじみと彼は動き出した屍を眺めながら、感想を述べる。いやいや、屍喰種って……。
笑えねぇ。バイオハザードかよ。

「な、なんとかできるか?」

「……うーん。あんまりこういう子は消したくないんだよねぇ、大切な自分という自我を他者に喰われながらも生きてるからね」

「ウガアアアッ!」

屍喰種がこちらへ向けて駆け出した。
ふざけんなっ! こっち来んなよ!
俺は全速力で屍喰種から逃げ出す。

「まぁ、でも、襲ってくるなら容赦しないけどね?」

リリエールが不敵に笑うと、俺とグールの間に踊り出て、彼の目には強い真紅の光が輝いた。

「黒天眼(イビル・アイ)」

刹那、
衝撃と共に閃光が走り、視線の線上……そこを灼き尽くようにして光線が駆け抜ける。
光は襲いかかる屍喰種に直撃して、そのまま炎上し火柱が昇った。

「ウアアアアヴァ!」

屍喰種の悲鳴。
奴は火だるまになりながらも止まらない。そのまま、此方に突き進んでくる。

「……まじかよ!」

俺は叫ぶ。何せ死体から、火だるま死体というパワーアップ状態で突っ込んで来るのだ。最早恐怖以外の何ものでもない。

「ぉおぉおお!」

咄嗟に魔力を溜めて光弾を放つ。
あの狼の群れと戦って覚えた、不慣れな魔法ではあるが、この場ではそれしか対抗手段がないとも思えて咄嗟にイメージして生成、そして放ち、命中する。
光弾は何のひねりもなく、グールの体に当たるとその屍喰種は四散爆発して肉片が周囲に飛び散った。
ベチャと音が耳もとで聴こえ、気付けば俺の服にまでかかっていた。
うえっ! 服がぁっ! 折角貰った服をこんな簡単に汚すことになるなんて、しかも死体の肉片で汚れたらもう着れねぇよ。
衛生的にちょっと……と思う。

ブゥン! ヒュン!
と風を切る音が別の方から響く、そちらを見やるとリリエールが飛んで来た肉片を全て綺麗に撃ち落としていた。お前だけ無事なのかよ……。

「ふぅ……君、無謀だねぇ、もしそのグールが体内に毒素を持ってたら飛び散った破片を被って死んでたよ。まぁそういう種に進化してなかったから良かったけど……」

彼はニヤニヤと笑いながら、俺の体に触れて頬をぺしぺしと叩く。
何なんだ……嫌味か?

「呪い系統には特化していたみたいだから解呪はしておくね……次はこういうことのないように気をつけて欲しいけど。解くの面倒なんだよ。こういう最期の一撃っていうのはね……」

と、さらりととんでもないことを言い始めて俺はヒヤリとする。

「まじかよ……。呪いって悪霊みたいだな」

「あ、正解、グールって元々はそれら想いが塊になって一つの依代に宿ることで産まれる種でね。生前の恨み辛みを重ねてるからかなり厄介だよ」

そーですか。
まぁ、何にせよ。唐突な襲撃ではあったがなんとか対処できて良かった。これで無事に依頼を果たせる……。

俺はそこで言葉を失った。

何故なら、先程まで水色の葉があった場所の周辺。そこが、見事に焦げ痕を残してユーリエ草を根こそぎ消し炭にしていたからだ。
どういうことだ!
そう思ったら、ついさっきのことを思い出した。彼はグールに向かって攻撃していたではないか。目からビームをぶっ放して……。

アレだ!

あれで全部燃やされたのか!
どこかに無事なものはないかと探して見るがそんな甘くはなく、この辺りの草花は全滅しているということだけは理解した。

はは、ここまでの苦労が水の泡だぜ……。

「他の場所もあるから……行こっか♪」

満面の笑みで俺の肩に手を置いた彼にその時ばかりは怒りを覚えた……。
まぁすぐに怒りも消えたのだけれど。
また、探索の為に森の中を歩かねばならないと思うと。

気が重い……。

俺はそう溜息を溢した。












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