神の使徒

ノベルバユーザー294933

第二十一話 「町にて①」

ペラ……。ペラ……と質素な調度品の並ぶその部屋で、紙の擦れる音が響いた。

体つきの良い筋肉質な男はその顔に似合わぬ眼鏡を掛けて、書類の束を睨みながら、ふと、何か思い出すようにして天井を見上げた。

「ヴラディティカール……。どこかで……」

そう告げる男の目の前で書類の束は薄っすらと淡い黒の靄を帯びているのを男は気付かないまま、書類に判を押して次の書類へと取り掛かる。
そこに書かれていたのはリリエール・ヴィ・ヴラディティカールの名前。

書類を片付けて、男が一息吐いた頃。
トントントンとノック音が響いた。男はそれに答えることなく無言で作業をし続けて、扉は彼の返事を待たずに開いた。
扉を開けると、入って来たのは赤髪の少女、彼女は少し顔をしかめて書類といまだ向き合う男へと声を掛けた。

「ヴォルガンさん? こんな遅くまで何をやっているんですか? 勤勉は褒められたものですけど、過度な労働は体に毒なんですよ」

「……、そうだな。そろそろ、切り上げるとしよう。いつも手間を掛けてすまないな、マリア…」

そう男は言い、立ち上がる。

「手間だなんて、そんなことありませんよ……」

男へ気遣いながら赤髪の少女は互いに出て行き。部屋は真っ暗になった。


湯気が立ち上りあがる様子を眺めながら、俺は肩まで万遍なく浸かると、ふぅと吐息を溢す。此処は、ホテル「シュプラー」の風呂場、公衆浴場というものだろう。男も女も分け隔てなく入っている。ただし、肌着程度は着ている。
今の時間は特に誰も入っておらず、浴場には俺とリリエールだけだ。彼は胸もとまで隠した肌着を着ており、正直、女に見える……。

とりあえず、視線を落として湯船を覗き込むことにした。視界に入れない、それが正解だろう。
と、そうしているのを彼が見逃すはずもなく。

「ところで、さ。敦君はもう魔法については慣れてきたのかな?」

唐突にそんな質問を投げかけてくる。ああ、確かにそんなこともあったな。魔法、この世界において基本的な生物の有する力、確か六の属性があって俺はそのうちの一つである光の属性を持っていた。十中八九、使徒の能力補正だろう。リリエールのおかげで能力が発現して、最初の頃は能力の扱いに四苦八苦したが、もうそんな心配はない、安定してはいる。

「ああ、もう能力が暴走することはない」

「そ、じゃあ明日、魔法を試すために手頃な獲物でも狩りに行かない? 昼間見ていたあの映像を見ていたらなんだか体が動かしたくなって」

「え? あの番組か……。まあいいか。俺あと、役所まで行って仕事を紹介してもらいに行こうと思っていたんだけど、ついでに為替相場も、な」

 過去の死因をまるで理解していないのではあるが、もはや自分自身これは病気だ。慣れてしまえばもう逃げられない。

 リリエールはそれを聞きながら退屈そうにグッと体を伸ばす。

「真面目だねぇ、僕の知り合いにも似たような子が何人かいたけど、ふふ、君と比べると君の方が遥かに酷いかな」

「ほっとけ」

そう俺は言い、天井を仰いだ。

「ふふ、はいはい」

 彼はそう告げてゆったりと湯船に体を預けて目を瞑る。久方ぶりにのんびりできた。本当に……。


 翌日。

 なぜか俺達は同じ寝台で目を覚ました……。
 心配はない、ナニもしていないからな。恐らく寝ぼけた彼が森での生活していた時と同じく寒さを凌ぐために布団にもぐり込んできただけだろう。俺も寒いからな。湯たんぽ代わりのようなものだ……。

 俺は努めて冷静に彼を起こさないように寝台から離れて身支度をする。生前使っていた動きやすい服装(森での生活でボロボロになった服)を着て思う。
 そういえば、此方に転移してから一度も服を変えてないから臭う、と。
 そりゃ森の中で小川のような水辺もあったから、血も……まあよく見なければ分からないぐらいには落ちた。しかし、どれだけ洗った所で汚れが消える訳ではない。なんだか黒ずみも目立つ。これはもう捨てるべき代物だ。
 また用事が増えてしまった。服を買い替えなければ……。

 そう俺が新たな用事を追加した所で、寝台の布団からむくりと起き上がるリリエールの姿があった。
 おっと、目が覚めたかな? 彼へ話かける。

「リリエール、起きたか? すまない、用事がまたできた、服を買いに行こう、なんだか臭いが気になってきた」

「臭い?」

クンクンと鼻で臭いを嗅ぎ、

「まだまだ……熟成された臭いよりは増しだね」

なんだ、それ……。今までどんな臭い嗅いだことあるんだよ。いや、まあとにかく。

「せっかく異世界にいるんだ、こっちの服を着てみたいし、寄り道は別にいいだろ? それにお前も服はいいのかよ……それ、魔法で作ったんじゃないか?」

彼は水晶に閉じ込められていた時には裸だった。解放された時にどこからともなく纏った服を着たので不思議ではあったのだが、スライムの襲撃でそんなこと頭の縁まで飛んでいた。
彼は俺の一言に、なるほどね! と思い出すように手を叩く。

「これは、『闇の衣』といって、闇の魔法で編んだとても耐久性の優れた魔法衣なんだ、デザインも僕が考えたからね、可愛いでしょ?」

 確かに法衣、マントを羽織っているかのような造りではあるがその下には金の刺繍の入った服があり、動き回る為に袖や裾が短く作ってある、これなら全力で走って動いても足で服の裾を踏むなどはしないだろう。

「可愛いねぇ……確かにリリエールに似合ってるけど、さ」

 感想としては本心で言い、彼はそれにまんざらでもなさそうに笑みを浮かべた。

「ふふ、じゃ、僕が君にピッタリの服を選んであげるよ」

 そう彼は、言うと上機嫌で扉を開け放って出掛けて行く。
 俺もそれを見ながら、部屋の戸締りをしてから彼の後に続く。

 まずは服の新調、
 
 それから魔法の練習をしに町の外へ、
 
 最後に役所で為替相場の確認と、
 おいおい、やることが多いな……。まあ地道にやるとするかな……。そう俺は思った。


 












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