神の使徒

ノベルバユーザー294933

第四話 「崩壊」

「………」

じっと、紅い瞳が俺を捉えて離さない…。
人に睨まれるのは決して気分良いものではない。まして誰かも知らぬ人物であれば、それは不安を煽るだけだ。
射殺すような視線に耐えきれなくなって、俺は彼に話しかけた。

「…えっと? 君は誰だ? どうして此処にいる?」

「………」

その問いに答えはなかった、代わりに視線だけが別の場所へと向けられた。
そこはこの異質な場において水晶の輝きの届かない場所、水晶の折り重なることでできる影の部分、そこにひっそりと隠されるようにして建てられた小さな祭壇、そこに彼は視線を向けていた。
彼の見る場所…そこを目をこらして観察すれば祭壇に建てられた台座には年代を感じさせる古い剣が突き刺さっているではないか…。
それを見てなんとなく、この水晶や彼の状況などを察することができた。当たっているかどうかはわからないが…十中八九。

「お前、此処に封印されてるのか…」

「………」

彼は無言で俺を見ている。
こいつ、素知らぬ顔で事情を知らない俺を使って自由になろうとしてやがったのか…。
コイツは放置していくか…。俺はそう決めて室内を見渡し、次の道を見つける。
そこも瓦礫が落ちてはいるが進むには問題なさそうだった。
俺は何事もなかったかのように水晶から降り始めた。

「待って…待ってよっ」

そこへ透き通る声が室内によく響いた。
彼がようやく口を開いた。
封印の影響で喋れないのかとも思ったが、どうやら違ったようだ…。
彼の声に俺は止まって振り返る。

「なんだ? 俺は今忙しいんだが?」

「君の名前は…?」

「いきなりだな…俺は柴田だ、柴田敦」

答えてやる義理はなかったが、聞かれたら自然と答えてしまった。仕事をしていれば他人に名前を覚えてもらうというのがどれほど大切か身に染みているからだ。

「シバタ・アツシ? 変な名前だね…もしかして君は異世界からの渡り人?」

すぐにその名前で異世界人か? と問うところでこの世界に神が干渉したゆえに異世界からの来訪者が多くいたという事実と裏付けられる。

「そうだ…この世界にはやっぱり、結構な数の異世界人がいるのか?」

「うん、僕が自由だった時には数万人はいたかな?」

「…なに?」

ふと彼の言葉で俺は一瞬脳が思考を停止した。今こいつなんて言った? 数万人…だと?
意味が分からない…。神がこれまでに送り込んだ使徒は最大で千人だと思っていたが?

「異世界から渡りビトが流れ着くなんてこの世界じゃザラだからね、最初は数十人規模だったけど、いつの間にか結構な数に増えてたかな」

「おいおい…なんだそれ」

神、マスターが俺に嘘を?
…いや、それだったら最初に30人など低い数字を言わなくてもいいはずだ。数万人いるからと言えばそれで済んだ。信用されていなかった? 隠しておくべき使徒だった?いや、だとするなら…。
考えれば考えるだけ余計に分からなくなってしまった。

「くそっ…」

「え? 急にどうしたの?」

訝しげに俺を見る彼、一体誰のせいでこんな面倒なことを考えるはめになったと思っている…。
俺は彼に問い詰めるようにして近づいた。

「お前それ本当なのか? 異世界人が数万人もいるって?」

「え? まぁね。異世界を巡って旅をする異界の魔神が次元門を開きっ放しにするから、その影響で増えたんじゃない? 今はどうか知らないけど、でも、今のことなら君の方がよく知ってるんじゃない?」

「…いや、すまないが俺はさっき此処に転移して来たばかりだ、だからこの世界のことは何も知らない。神は自分を脅かす存在がいる世界としか教えてくれなかったからな」

「神…ああ、なるほどね。君は…使徒か…」

その時、俺は目の前にいた彼の一瞬の変化にすぐ気が付くべきだった。いや、そもそも彼と最初から話すべきではなかったのだ。
そうすれば…対処することができたかもしれないのに。
鋭い痛みが首筋に走った。

「え、を?」

視線を痛みのある場所に傾ける。そこには先程の彼の頭があった。そして真っ赤に染め上がる自分の姿にようやく状況を理解する。
俺の首に彼は噛みつき歯を突き立てていた。

「うぁ! くそったれっ!」

「………コク……コク」

と規則正しい速度で俺の抵抗などまるで意に介さずに彼はその喉を震わせて俺の血を好き勝手に飲み込んでいく。
俺が自分の肉すら抉る勢いで彼の首を掴んで押し戻し、自分はその勢いで反対側へと思い切り跳ばして倒れるようにして体を退ける。
くそっ! こいつ!
怒りと共に睨みつけると、彼は血の滴る口もとを舌で舐め取り、ニヤッと勝ち誇った顔で告げた。

「さすがは神の使徒、凄い魔力だね。これなら…僕はやっと自由になれる」

その瞬間、彼の目が妖しく輝き始めた。
一瞬にして天井まで数十メートルはあろう巨大水晶に亀裂が走らせる。
それは次第に更に大きな亀裂になり、

パキ、パキ…パキン!

と音を立てて砕け散った。























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