獲物

蜘蛛星

C11H17N3O8


*第一段階*

私は同性愛者である。
しかしこれを広めてはいけない。声を大きくして言うべきことではない。なぜならこれは異常なことだから。
彼女とは幼なじみであり、そしてよき理解者、親友でもある。つまりこの関係を壊すべきではないのだ。それほどまで良好なのだ。

「考え事でもしてるの?」
目の前に好きな人が突然現れた。一瞬硬直し、そして現状を理解する。棒付きキャンディーを舐めながら、彼女は鼻歌を歌いスキップを繰り返した。
「咥えながら歩いたら危ないよ。」
私の警告に最高の笑みを浮かべ、舐めかけのキャンディーを渡してくる。どうやら残りをくれるらしい。普通なら、気持ち悪いと思うだろうか。しかし私にとってこれは最上級の食べ物だ。口に含んだ途端、舌が痺れるような感覚になった。間接キスをしている事実に目眩がする。よろけそうな私に、彼女は相変わらず無邪気な笑顔を向けた。

彼女がゆうやけこやけを口ずさむ。歌声は赤く染まる空に溶けて消えてしまった。捕まえて冷凍庫にでも入れておけば、いつまででも聞けるだろうか。そんな無意味なことを考えながら、私はすれ違った仲睦まじい老夫婦を睨んだ。


*第二段階*


彼女に彼氏が出来た。
それは親友としてはとても喜ぶべきことで、片思いをしている身では嘆くべきことであった。しかし、彼女の前で私が恋心を寄せているなどと言ったことはない。言えない。言わない。言うなんておかしい。だから私は、彼女と一緒に無邪気に喜んだ。

その夜、髪も乾かさずにベッドの上で寝転ぶ。わたあめの上に乗っているような気分だった。羊が私を慰めている。世界がピンク色に染まって、彼を殺せと私に命じる。机の上には、帰り際に彼女からもらった飴玉。吸い寄せられるように袋を破り、頬張った。吐き気がした。どうしようもない虚しさに襲われて、口から出た言葉はもう言葉の形を保っていなかった。呼吸が荒くなる。喉が閉まって酸素を拒否しているようだ。それでよかった。いっそこのまま死んでしまいたかった。

涙は次から次へと零れてくる。全てが飴玉や宝石になる。部屋の中が水浸しだ。魚が泳いでいる。彼女との思い出を蹴散らしながら泳いでいる。わたあめは溶けて消えてしまった。羊は水に驚き逃げてしまった。
全部まとめて、冷凍庫にでも入れておけばよかっただろうか。一人にならずに済んだだろうか。



*第三段階*



街のネオンに同性愛者を見かけた。
ネットの海で同性愛者を見かけた。
テレビの中の同性愛者を見かけた。
気持ち悪かった。みんな自分が同性愛者だと公言していた。気持ち悪かった。他人から虐げられてもいいと言った。気持ち悪かった。カメラの前でキスをしていた。気持ち悪かった。手を繋いでいた。気持ち悪かった。目を合わせていた。気持ち悪かった。

彼女は彼氏と別れたらしい。
彼女が彼氏を振ったらしい。彼女に理由を聞くと、どうしても口ごもってしまう。何か嫌な思いでもさせられたのだろうか。殺してやろうかと思っていたが、彼女がくれたキャンディーに心が洗われる。それを口に入れた時、彼女はボソリとこう言った。
「本当は君が好きなんだよね...」
全身が痺れるようだった。それに加えて痙攣しているようでもあった。ありえない現実と、自分が嫌ったそれとに挟まれて、死にそうだった。息が全くできない。

私は同性愛者である。
しかし同性愛者は嫌いである。
なぜか、簡単だ。私が私を嫌う最大の理由がここだからである。私が私を殺したいように、私は彼ら彼女らを殺したい。




*第四段階*




彼女は私の前で息絶えていた。
赤く染まった彼女は、あの日見た夕焼けとそっくりだった。私は彼女と共にゆうやけこやけを口ずさむ。彼女の歌声が止まなかった。ようやく冷凍庫に入れられたようだ。ずっとふたりで歌っていると、そのうちファンファーレが聞こえてきた。どうやら私たちの結婚を祝っているらしい。赤いシャッターが何度も点滅する。彼女は相変わらず無邪気な笑みを浮かべている。それ以上でもそれ以下でもない。ただそこには私にとって幸せな空間が広がっていた。

最後の晩餐は、飴玉だった。口の中で転がしながら花の冠に首を通す。空には多くの羊が漂っていた。ピンク色の羊が私を殺せと私に命じる。頬を伝うものは夕日のせいで焼かれてしまった。もう何も流れてこない。ここが水浸しになることも、魚に邪魔されることもないだろう。
私は彼女の元へスキップした。




意識が無くなり、全身が痙攣する。呼吸が止まり、心臓が止まる。
魚が哀れな目で二人を見ていた。
溶けきれなかった飴玉がひとつ、床に転がっている。

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