獲物

蜘蛛星

うおと

その日は朝から雨だった。パパの研究が休みだから海へ行くはずだったのに、雨のせいで行けなくなった。僕は駄々をこねてパパを困らせた。ママはほかの場所へ出かけようと言ってくれたのに、僕は嫌だと言ってしまったのだ。

一週間雨が続いた頃、各地で様々な被害が出た。偉い人がテレビで難しそうなことを言っている。ママは皿洗いの手を止めて、こんなことがあるのかと、唖然としていた。僕には難しすぎてよくわからなかったけど、何か大変なことが起きてることはわかった。

二週間雨が続くと、パパが毎日一緒にいてくれるようになった。体育館で眠るのは初めてだったけど、友達もたくさんいたから全然嫌じゃなかった。でも、ご飯がいつもと違う気がして、なんだか不思議な気分だったことは覚えている。

三週間目、体育館に人が増えて、僕らはここで遊ぶことを禁止された。だからといって外で遊ぶこともできない。大人達は何か真剣な話をしているようだったけど、僕らには何一つわからなかった。退屈で仕方なかったけど、大人達は日に日に口酸っぱく外へ行くなと言うようになった。ちょっとだけ、怖かった

一ヶ月近く雨が降り続けてる。体育館から少しづつ人が減ってきた。ずっと室内にいるせいかどこか息苦しさを感じてきて、美味しくないご飯は喉を通らなくなった。パパは忙しなく何かをしていて、ママは他の子のママと一緒に色々なお手伝いをしている。僕はつまらなかったけど、他の子と違って外へ行くようなことはしなかった。

パパに連れられて、僕はパパの研究室に初めて行った。パパのお友達も何人かいて、僕と一緒で外へ行かず遊んでた子も何人かいた。ママはどこかと聞くと、お手伝いで忙しいのだと教えてくれた。パパのお友達がジュースをくれた。飲むと何だかとても眠くなってしまったので、パパの膝の上で寝ることにした。

ふわふわした意識の中で、僕はママの声を聞いた。ここにいないはずのママの声を聞いた。忘れないでと、愛してると、その声はとても湿っぽかった。





目を覚ました時、僕は水の中にいた。大きなカプセルの蓋は開いていて、部屋の中は水で埋まっていた。僕は泳ぎが得意ではなかったので慌てたけれど、落ち着いてみるときちんと息ができていることに気がついた。手には水掻き、首にはえら。ほかのカプセルは開いてるものもあったし、中にまだ見知った顔が入っているものもあった。

外へ出てみることにした。

街が海になっている。
人が空に浮かんでいる。
僕はそれが何かを何故かわかっていた。
頭が良くなった気がする。今まで知らなかった言葉がスラスラ出てくる。今ならあの偉い人がテレビで言った言葉もわかるし、大人達が真剣に話してた理由もわかる。

僕はもうママとパパに会えないんだ。
僕はもうひとりぼっちなんだ。
寂しくて涙が出てくるけど、海の中で泣いても何も無かった。

その日は朝から晴れだった。僕は駄々をこねてまで行きたかった海へ、パパの研究のおかげで行くことができた。それは随分な皮肉だった。ママは最後に話しかけてくれたのに、僕は二度と返事をすることができなくなってしまったのだ。


洗われた街は綺麗だった。

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