【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
世界の岐路(2)
「大賢者? それって――」
私は、思わず視線を天照さんと戦っているであろう鏡花さんの方へ向ける。
すると、そこには無数の――、1メートルを超える光の火球の弾道を目で見切り避けつつ、狂乱の神霊樹さんの本体とも言える10メートルを超える巨木に指示を出しているのが見えた。
そんな彼女――、忙しく動き回る鏡花さんは一瞬だけ私の方を見た気がして――、それと同時に、視界内に表示されている半透明のプレート内に文字が表示された。
――このままでは、兄を助けることはできません。そして、今現在の、貴女の無力な力では、月読に勝つ事は出来ません。よって、一時的に、力を貸します。大変に不本意ですが……。
その内容に思わず笑みが零れる。
それは、つまり、この事態は鏡花さんが意図した内容と異なるということ。
そして、私に力を貸すことを鏡花さんは苦々しく思っている。
「どうした? マスター」
「ううん」
「避ける事に集中せんか」
「うん。だけど!」
「どうかしたのか?」
「たぶん……、きっと……なんとかなるから!」
「どういうこ……これは……」
――システムを起動。消去者(イレイザー)システムのダウンロード開始。
そのログが流れると同時に、体中の血液が沸騰するような錯覚。
脳裏が――、感覚が、痛みを覚える。
「くっ……」
吐き気と共に足が止まる。
視界内が明滅し、平衡感覚すら失い倒れかける。
「マズイ……」
「愚かな! 足を止めるとは!」
私が動きを止めたことで、振り下ろされる月読さんの黒き漆黒の刃。
「体が……」
何かに浸食された体が――、自分の意思で動かそうとしても、動かすことができない。
それだけじゃない。
思わず咳き込んだ口元からは血が流れる。
「――くっ!? 無事か? マスター!」
「神霊樹さん……」
私の肩の上で立っていた狂乱の神霊樹さんが、床で立っていた。
違う――、小さな木と化して、無数の枝を伸ばし切りかかってきていた月読さんの漆黒の刃を受け止めていた。
「あの……馬鹿者め。いくら余裕がないからと――、人間に消去者のシステムを組み込もうとするとは……。だが、手が無いのも事実。ならば――」
人の姿をしていない。
人の姿を捨て去った狂乱の神霊樹さんは――、そう呟くと――。
「マスターよ。妾が、一時的に消去者システムのサポートを行う」
「それって……。消去者って、山岸直人さんの事だよね? そのシステムのサポートってどういうことなの?」
「人間では到底、理解しえない内容ではある。妾でも不可能であるが、それでも引き受ける事だけは出来る。マスターは、その力の一旦に喰われないようにするのだ」
「それって……、かなり危険なのでは……」
「仕方あるまい! ゆくぞ!」
「なっ! あの愚かモノが! 盟約を破るつもりか! たかが当代の巫女の分際で」
私と、狂乱の神霊樹さんの話を聞いていた月読さんが怒りの声を上げる。
もちろん、その視線は、鏡花さんに。
――ただ、私に振り下ろされた凶刃は、少しずつ狂乱の神霊樹さんの枝を切り落としながら進んできている。
それは時間が無い事を示していた。
「うん。お願い」
声に出して私は同意する。
それと共に、無数の半透明のプレートが視界内に表示され膨大なデータが脳内に駆け巡る。
「これって……」
到底、理解できない。
それに、情報量がとてつもない。
視界内には9割近くのデータを狂乱の神霊樹さんが引き受けていると表示されているけど……。
「1割で、これって……」
レムリア帝国の軍人に怪我を負わされて激痛を味わったことがあるけど……、それとは比較にならないほど心身に影響が出ている。
――システムのダウンロードが終了。起動シーケンスを確認…………簡易化された消去者プログラムを起動……。
最後にログが流れると共に、視界内に表示されていた無数のプレートが閉じる。
それと同時に、魔法欄が表示された。
「魔法欄……?」
思わず動いた指先は視界内の魔法欄へと伸ばされていた。
それは無意識だったけれど……。
――魔法の起動を承認しました。
そうログが流れると脳裏に魔法を使う方法が流れると同時に「――くっ……、マスターよ! 避けるのじゃ!」と、言う声が聞こえてくる。
「――!」
その声に頭上を見上げる。
「やらせはせん! 貴様如き穢れた人間に消去者のシステムを!」
振り下ろされてくる漆黒の刃は、目前に――。
それでも、私は、それを凝視しながら口を開く。
「ウィンド・バースト!」
声高々に唱えた魔法が、静寂な空間を切り裂くかのように爆音を轟かせ月読さんを吹き飛ばす。
「くうっ……。馬鹿な! 人間如きが!」
驚愕……、そして信じられないと言った感情を込めた叫びが聞こえてくる。
「大丈夫?」
「うむ……。じゃが……、分体を維持するのは、限界じゃ……あとは出来るな? マスターよ」
「うん。任せて――」
砂となって消滅する狂乱の神霊樹さんと言葉を交わしたあと、視界内に表示されるタイムリミットを確認する。
残り3分――、それが――、この私が! 魔法を使える残り時間!
「そうか……、それほどまでに……否……最初からか……この月読と戦う事になる事が決まっていたのは……」
「そうね……」
私は頷き応じながらも、魔法を発動させる。
「身体強化魔法発動!」
魔法が発動すると共に体中の毛細血管から流れ出ていた血が止まる。
ただ、それは肉体が修復されたのではなく、あくまでも応急処置に過ぎない。
「致し方あるまい」
「分かっているわ」
私は、睨みつけてきている月読さんと言葉を交わし、息を吸う。
「汝を殺して、主を絶望から救おうとしよう!」
「私は、山岸さんを必ず救う! だから、貴女には負けない!」
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