【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

在りし日の時間(5)佐々木望side



「せん……ぱ……い?」

 声が擦れるのが自分自身でも分かる。
 ただ――、私の声に反応したのか彼は私に手を伸ばしてきた。
 私は、山岸先輩の手を握る。
 何が起きたのかは、ニュース記事などを見ていたから想像がつく。
 太陽光発電設備を設置する為に、山肌を維持していた木々を伐採したことで地盤が緩み、それにより大規模な地滑りが起きて村が壊滅。
 その中で、ただ一人生き残ったこと。
 それは、どれだけの事だったのか――、想像に難くない。

「佐々木です。先輩、大丈夫でしたか?」
 
 山岸鏡花さんは言っていた。
 兄を助けたいと。
 それなら、今の山岸直人さんを救う方が早いのではないのか? と、私は思う。

「あ……」

 彼は、そこでようやく口を開く。
 吸い込まれそうな漆黒の闇のような瞳に光が映ると共に――、

「ああああああああ――」

 突然、大声を上げて頭を抱えると――、病室の壁に頭を打ち付ける。
 何度も! 何度も! 何度も! 何度も! 何度も!

「やめてください! 先輩!」

 私は、先輩の身体を抑えつけようとするけど、この世界では魔法が使えない事から男の人の力には抗えず止めることが出来ない。
 そこでようやく私は気が付く。
 室内の白い壁には、乾いた赤い物が付着していることに。
 きっと、何度も同じことを繰り返していたのかも知れない。

「どうかしましたか!?」

 どうしようもない無力感に苛まれたところで医師と看護師が入ってくるなり、注射器を素早く用意すると山岸先輩を抑えつけながら薬剤を注入していく。
 私は、その様子を――、その光景を一部始終見ることしかできない。

「佐々木さん、大丈夫ですか?」

 気が付けば、私は病室の床で座り込んでいた。

「はい……」

 私は立ち上がる。
 まだ、膝が震えていた。
 そして――、私は見てしまった。
 薬の影響からなのか、何の反応も示さなくなり座っているだけの山岸先輩の姿を――。

「患者に話しかけたりしましたか?」
「はい」
「以前に、お伝えしました通り、患者の容体は最悪と言っていい状況です」
「――え? 身体は……」
「身体は無事です」

 私に話しかけてきた男性医師は、山岸先輩の身体は何の問題もないという。
 そこで私はようやく気が付く。
 先ほどまで壁に頭を打ち付けていて、壁には血が付着しているのに山岸先輩の額には傷がないことに。
 ただ――、壁に付着している血が渇いていない事から、山岸先輩が壁に頭を打ち付けていたのは事実。

「――それなら……」

 医師は頭を振る。

「肉体は無事です。――いえ、普通ではありえない速度で患者の肉体は細胞修復を行っています。理由は不明ですが――、それよりも……」
「それよりも?」
「患者の精神状態は極めて危険な状況にあります。現在は、興奮を抑える薬を投与していますが、それも何時まで持つか……。とにかく、以前にも説明した通り、患者には刺激を与えるような事はしないでください。特に話しかける行為は慎んでください」
「分かりました……」
「それでは、また何かありましたらナースコールをしてください。失礼いたします」

 室内から出ていく医師と看護師。
 扉が閉まったあと、虚ろな目でベッドに座ったままの先輩を見ながら、私はようやく理解した。
 彼女が――、山岸鏡花さんが病院に行く必要が無いと言った意味を。
 魔法が使えない私には、現在の山岸先輩を助ける術なんてない。
 それどころか、何を苦しんでいるのかすら分からない。

「なんて……無力なの……」

 思わず気持ちを吐露してしまう。
 
「……」
 
 それを先輩が聞いているのか分からない。
 何も映さない瞳で、空中を見ているだけの彼には届いていないかも知れない。
 私は、涙を拭うと病室から出る。

「上落ち村に行かないと――」

 先輩の妹さんが、言っていた。
 全てが始まった場所だと――、そこに行けば先輩を助ける方法がきっとあるに違いない。
 あんな状況の先輩は見ていられない。
 先輩は、私を助ける為に尽力して戦ってくれた。
 今度は、私が助ける番だから。


 


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