【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

幻影の過去(1)佐々木望side




「それで、どのくらいの猶予があるのかしら?」
「それほど長くはない――と、言ったところかえ」
「分かったわ」

 鏡花さんが私の腕を掴むと門が開かれた社の方へと向かう。
 境内を通り――、随身門を潜ると共に先ほどまで私が踏みしめていた足元が消え――、自身の足が空を舞う。

「――え?」
「さあ、いくわよ」

 唐突な急降下とも言える落下。
 僅かな悲鳴を上げつつも、一緒に闇の中へと落下していく鏡花さんはこうなる事を予測していたのか、真っ直ぐに下方を見つめている。
 本来であるなら下降速度は、重力加速度により加速していくはずだけど、一定の速度で落ちているように感じられることから、自分達が居る場所は、やはり現実世界ではないという実感が沸いてくる。
 それと共に、少しだけ話す余裕ができる。

「あの、鏡花さん」
「何?」
「ここって、どこなんですか?」
「ここは黄泉平坂。さっきも教えたはずだけど?」

 ぶっきらぼうに答えてくる彼女。
 どうも彼女は私に対して好意的な感情を持っていない事は、短期間ではあったけれど話のやり取りで分かった。
 それでも、自分が居る場所が何処なのか? を正確に知っておきたい。
 それは、たぶん今まで自分自身が生きてきた世界とは異なる――、そして意味の分からない会話を聞かされたからかも知れない。

「黄泉平坂というのは先ほど聞きました。私が魔物に殺されて、死者の国の入り口にいるのは納得ができます」
「……」

 私は呟く。
 自分の考えを――。
 それを聞いている山岸鏡花さんは無言で肯定も否定もしようとはしない。

「――でも、どうして先輩が黄泉平坂にいるのですか?」

 ――そう。
 一番、気になったのは死んでも居ないはずの彼が、どうして黄泉平坂にいるのか? と、言うこと。
 
「兄のことを知っているんでしょう?」

 その言葉に私は言葉が詰まる。
 彼女は、私が山岸直人さんは死んでいることを理解している事を知っていると分かったから。

「黄泉平坂は、死者の国の入り口であり彼岸と此岸の境界線。だからこそ、兄は此処にいるの」
「――え?」

 その言葉に私は違和感を覚える。
 黄泉平坂は、彼岸と此岸の境界線に存在している……、そして先輩は既に死んでいるのに彼岸には存在しておらず、此岸でもない境界線上に存在している。
 まるで、その存在自体が彼岸にも此岸にも属していないように思えて――。

「……能天気だと思っていたけれど……頭は多少回るようね」

 まるで私の心を読んだかのような呟きを彼女はしてくる。

「驚いた?」
「……はい」
「そう……。人間の思考は、壁が無いと筒抜けだものね。本当に分かりやすいわ」

 やっぱり彼女は、私の心を読んだと理解する。
 それと同時に、どうして私には彼女の気持ちが読めないのか? と、疑問に思ってしまう。

「残念。佐々木さん、貴女には私の記憶を読むことが出来ないわ」
「どうしてですか?」

 もうこちらの考えが読まれてしまっている事は仕方ない。
 なら、素直に質問するしかないと気持ちを切り替える。

「だって、人間は最初から、そういう存在ではないから。肉体ありきで生まれてくるから肉体という器――、壁が無ければ思考を防御する力を備えていない……というよりも退化しているのよね」
「――なら、鏡花さんはどうして……」

 まるで鏡花さんは自分が人間ではないような物言いで呟いてくる。

「貴女に教える義理はないわね。――さて、そろそろ到着するわよ」

 彼女が、そう語った瞬間――、視界が白い光に塗りつぶされていく。
 思わず目を瞑る。
 そして、足裏は確かな質感を持った地面を踏みしめる。
 恐る恐る目を開けると――、

「ここは……」

 周りを見渡す。
 先ほどまで隣にいた鏡花さんの姿が見受けられない。
 それどころか、自分が居る場所が何処なのか一瞬分からずにいた。
 目の前には、大きな駅があり、工事中のよう。
 そして、駅の前にはロータリーがありバスや車など時が止まったように停止している。
何なのか? と、戸惑ったところで「――東京行きの快速列車が発車します」と、駅ホームからの音声が聞こえてくると同時に、時が動きだしたかのようにバスや車が走り出した。

「何なの……。一体、ここって……どこなの?」

 少し歩くと、信号機の左手――路肩にフクロウのような形をした交番を見つける。
 そこには千葉駅前交番と書かれていた。





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