【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

鳩羽村ダンジョン攻略(23)




「……すまないな」
「――あっ……」

 俺は手を引っ込める。
 考えてみれば、10メートル近いモンスターを、たったの一撃で倒す人間なんて普通に考えて恐怖でしかないだろう。
 俺は誰のステータスでも見ることが出来るスキル「神眼」があるから、相手の強さの有無が分かる。
 今の喋るミノタウロスだって夜刀神や田中一郎と比べれば遥かに弱い。
 だが――見た目が人間だったことで俺が戦っても、そこまで恐怖を抱かれなかった。
 それは――。
 本来ならば――、相沢のような反応が普通なのかも知れない。

「あの……やま……」
「さっさと行くぞ。時間が惜しい」

 別に俺と彼女は、赤の他人に過ぎない。
 それが偶然にも道を一瞬だけ交えただけ。
 だから、不必要に近づく必要はない。

 俺は意識だけ彼女の方に向けて先に階段を降りる。
 そんな俺のあとを彼女は黙ってついてきた。



 31階層から32階層に降りる階段を下っていく。
 そして――、階段が終わったところで俺は目を細める。
 そこには無数の血の跡が所々に血だまりとなって存在していたからだ。

「これは……」

 スキル「神眼」を発動。
 周囲を確認していくが、何の生存も確認が出来ない。
 
「あ、ああああ……」

 相沢も追いついてきたようだ。
 俺と同じ光景――、倒壊した建物や無数の血だまりを見た相沢は吐き気を催したのか口に手を当てて膝から崩れ落ちてしまう。

「相沢、辺りを確認してくる。お前は、ここで待っていろ」
「――そ、そんな! ま、待ってくださ……」
「何が起きたのかを迅速に調べなければ被害が増えるかも知れない。ここで待っていろ」

 俺は強い口調で、お前は足手纏いだと告げる。
 
「――っ! わ、私だって……、覚悟を持ってきました。だから――」
「そうか。お前が俺のことをどう思おうと構わない。だが! 自分が決めたことは最後までやり通してみせろ」
「……」

 頷くだけの相沢。
 正直、相沢を置いていく理由は足手纏いという理由ではない。
 これ以上、酷い惨状が存在しているかも知れないという予感から彼女を置いていこうと思っただけだ。
 それなのに、まさか俺の後を付いてくるとは思っても見なかった。
 東京ドームと同じ広さを持つ休憩階層を見ていく。
 無数の血貯まりが地面に広がっている。
 さらには壁にも血が付着しており、戦いの後があったというのが見て取れた。

「死体がないな」

 一通り見て回ったが冒険者や日本ダンジョン探索者協会に所属している人間の死体などは一切見当たらない。
 本来なら肉片などがあってもいいものだが……。

「山岸さん……」
「――ん?」
「こんなものが落ちていました」

 相沢が差し出してきたのは、スマートフォン。
 そして――、相沢の表情は真っ青になっており――。

「中を見たのか?」
「はい……」
「そうか」

 相沢から受け取ったスマートフォンの電源を入れる。
 そこには、凄惨な画像が映り込んでいた。
 次々と緑の腐った植物に食われていく人間。
 懇願しても助けを求めても聞き入れられず貪られていく人々。
 そして戦っても一方的に蹂躙されていく冒険者と逃げる為に指示を出した日本ダンジョン探索者協会の職員達。
 誰もが――、上の階層である31階層に続く階段を上がろうとして逃げ惑い――辿り着けず食われていった。そして最後にスマートフォンの持ち主であろう人が恐怖に震える声で「この映像を見た冒険者……私達の仇を打ってほしい。たのむ……」と、骨が砕ける音と共に声を呟いたところで映像が途切れる。

「山岸さん……」
「まずは40階層の休憩所に向かう。そこで生存者がいるかどうかを確認する」
「……」

 俺の言葉に彼女は俯き無言になる。
 そして――、「生きていると思うんですか?」と、彼女は呟いてくるが――。

「生きている生きていないじゃない。現状を把握しなければ、今後の対応に支障が出ると言っているんだ」

 ハッキリ言って出てくるモンスターの強さは尋常ではない。
 生半可な冒険者を送り込んだところで全滅するのが落ちだろう。
 俺は直ぐにギルドチャットを開く。

「(藤堂、居るか?)」
「(は、はい! どうかしましたか?)」
「(鳩羽村への自衛隊の派遣はどうなっている?)」
「(それが……、鳩羽村支部長の宮本という人物が陸上自衛隊の投入には反対していまして――)」
「(つまり、まだ鳩羽村ダンジョンには陸上自衛隊は投入されていないという事だな?)」
「(はい、そうなります。やはり無理矢理にでも投入させた方がいいですか?)」
「(逆だ。モンスターが尋常ではない程、強化されて強くなっている。普通の装備では陸上自衛隊でも死者出かねない。俺が何とかするまでは突入は禁止だ)」
「(わ、わかりました。そのように伝えて――えっ? う、嘘でしょう?)」
「(どうかしたのか?)」

 突然、慌てた藤堂の様子に内心首を傾げる。

「(望さんが、鳩羽村ダンジョンの通信回復の為に依頼を受けて中に入っていったそうです)」
「(どういうことだ?)」

 アイツはすでに日本ダンジョン探索者協会からも陸上自衛隊にも属してはいないはずだ。
 
「(どうやら鳩羽村ダンジョン支部長の宮本が勝手に望さんに依頼を出したみたいです)」
「(なんだと!?)」
「(山岸さんから、望ちゃんにギルドチャットでの連絡が出来ないんですか?)」
「(佐々木の場合は一度もコンタクトを送っていないから無理だ)」
「(――でも、望さんは貝塚ダンジョンをクリアしてレベルも高いんですよね? なら――)」
「(……そうだな。一度、ギルドチャットを切る)」
「(分かりました)」

 まずいな。
 佐々木は、確かにレベルは高い。
 だが戦闘は経験が物を言う。
 ハッキリ言って戦闘経験だけなら相沢の方が遥かに上だ。
 スキル「神眼」でも遥か上の上層階層までは確認ができない。
 すぐに上がって佐々木を保護するのがベストな選択だが――。

「……わかりました」

 俺が迷っているところで相沢が呟く。
 
「40階層まで急ぎましょう」

 その言葉に俺は――。

「分かった」

 ――としか答えることが出来ない。
 何故か分からないが、嫌な予感が止まらない。
 俺は逸る気持ちを抑え込みながら33階層に降りる階段を駆けるようにして降りていく。






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