【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

擦れ違い(4)




「そうですか……、それでは――」

 そこまで気を使ってもらっては、断ると逆に失礼に当たる。
 快諾することにし――、

「山岸さんは、何か好きな物とかありますか?」
「そうですね。牛丼とか」
「牛丼ですか」
「はい。あれは至高の食べ物ですから」
「山岸さんもジョークを言うんですね」
「いえ! マジです!」

 キリッ! と、俺は眉間に皺を寄せて牛丼がいかに素晴らしいのかを説明しようとするが――、

「そういえば、牛丼といえば松阪市内から牛丼チェーン店が無くなったとか……」
「そうですね」
「――あ! で、でもコンビニなら販売しているとか聞いたことがありますよ?」
「たしかに……、そうですが……、値段が……」
「松阪牛を使っているんでしたっけ? 価格が2000円前後だとか――」
「はい」

 牛丼は、大衆料理の頂点。
 言い換えれば、パソコンOSを販売している巨大多国籍企業と同格くらいだと俺の中では思っている。
 それは、何故かと言うと安く美味しく早く提供できるからに他ならない。
 もっとも重要な低価格を重視しない牛丼なんぞ牛丼にあらず!
 旨いけど……。

「でも高いですよね」
「そうです!」

 俺は、ドン! とカウンターテーブルに手を置く。
 
「うちの旦那も、牛丼が好きでした」
「それは素晴らしい男だったんでしょうね!」
「えっと……、あ……はい。そ、それでは、まずはこちらを――、鶏肉のタケノコ煮です」

 出された物を見て少しだけ俺は内心、本当に! ほんの少しだけ! がっかりする。
 好きな物を問われたのだから、ここは牛丼が出てくるのが普通の流れ! それなのに、煮物とは……。
 まぁ、いいが――。

「いただきます」

 手を合わせてから食する。
 きちんとタケノコまで味が染みていて普通に美味しい。
 鶏肉のもっちり感とタケノコのシャキシャキ感がコラボレーションを奏でているようだ! と、言う食レポを心の中で思いながら口の中に料理を運ぶ。

「こちらは、地酒です」
「ラベルから瓶まで黒いんですね」

 コップにお酒を注いでもらい一口飲む。
 キレのある味が、甘い煮物の後味を洗い流していく。

「これは美味しい」
「本当ですか? どんどん飲んでください」

 次々と注がれるお酒。
 ちなみに俺は前回、酔いつぶれた経験を生かして失態を犯さないよにスキル「アルコール耐性LV10」をONにしてあるので水のように飲んでも一切! 酔う事はない。

「いやー、これは美味しいですね」
「――えっと……、あ……、はい……」

 一升瓶を3本開けたところで――、

「あの、山岸さんってお酒に強かったりしますか?」
「まぁ、多少は――」

 一升瓶を6本、1ケース開けたところで――、

「山岸さん、眠くなってないですか? 眠くないですか?」
「いえ、全然!」

 3時間ほど滞在したところで十分に腹も膨れた頃――。

「そういえば、山岸さんは望(のぞみ)ちゃんと付き合っているんですよね?」
「いえ、別にそういうことは、まったく! 一切! ないですね」
「え!?」

 俺が返した言葉に、相沢が目を大きく見開く。

「――だ、だって……、有名ですよ? 佐々木家本家に札束を投げつけて旅館を買い取ってバス会社まで旅館の従業員の足確保の為に購入したって――」

 ――あ……。

 しまった。
 お腹が膨れていい気分になったこともあり、本当のことを言ってしまった。

「――コ、コホン。相沢さん、よく聞いてください。佐々木は、俺の仕事上での後輩だった奴です。つまり、部下の窮地を助けるのは当然といえば当然じゃないですか」
「そんな上司はいません! しかも佐々木家は裏では政財界に強い影響力を持つ家です。そんな家に睨まれてまで普通は助けません! 山岸さんは、何か隠していませんか? 本当は望ちゃんが好きだとか!」

 どうして、そこまで恋愛的な話に搦めようとするのか、俺には理解できない。
 だが! このままでは俺の嘘がバレてしまい旅館経営に差し障りがでるかもしれない。
 そうなれば、色々と問題が出てくるだろう。

「分かりました。本当のことを話します」
「はい」

 ゴクリと唾を呑み込む相沢。
 
「やつらは――」
「やつらは?」

 静まり返る小料理屋店内。

「俺が愛して止まない牛丼を馬鹿にしたからです!」
「私のことを馬鹿にしていますか? 牛丼の為とか、いくら嘘でも酷すぎます!」

 いや、本当の事なんだが――、どうして俺の話を信じてくれないのか。
 

 


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