【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

派遣会社の社長になる。




「何かあったのか? それより、鍵が掛かってないからってノックせずに部屋に入ってくるのはマナーとしてどうなんだ?」

 とりあえず嗜めておくとしよう。
 非常に面倒だが――、一応、社会人としての考えを教えておくのも先輩としての役目だからな。
 それより、ノックして部屋に入ってくるという基本的な作法すら守らないのに、旅館従業員の見習いの指導が出来るのか、俺としては心配なんだが……。

「――あ、ごめんなさい」

 頭を下げてくる佐々木。
 すると佐々木の腰まである黒髪がリボンで結ばれているのか背中から落ちてくる。

「それでどうかしたのか?」
「はい。桂木という女性が先輩と話をしたいと――」
「分かった。それで、どこに?」
「ラウンジで待ってもらっています」

 佐々木の言葉通り、ラウンジに到着すると黒のレディーススーツを着ている女性がソファーに座っている。

「山岸さん」
「お久しぶりです。直接、顔を会わせるのは派遣会社で会った時以降でしょうか?」
「そうですね……」

 まぁ、実際は病院で桂木の姿を見かけている訳だが――。
 
「それにしても、この時間に来られるとはずいぶんと早いですね」
「昨日は、松阪市内のホテルに泊まってからタクシーで来ました」
「そうでしたか」
「派遣頂く方の引率をされると思っていましたので、こんなに早く来られるとは思ってもみませんでした」
「そうですよね……」

 どこか緊張感のある雰囲気に、なかなか話が進まない。
 そもそも彼女が、一人で一足先に俺に会いに来たのには何か理由があるはずだからだ。
 それを聞いていいものなのか。
 ビジネスパートナーでなければ遠慮なく聞くことも出来るんだがな。

 俺が、胸中で思案していたところで、桂木がテーブルの上のカバンから黒色のプラスチックケースを取り出していた。

「こちらが、お約束していた物になります」

 差し出されたケースを手にとり蓋を開けると、そこにはクリスタルグループ代表取締役社長 山岸直人と記載されている。
 別に約束をした訳ではないのだが……、出資をする上でどうしてもと言ったので仕方なく譲歩したに過ぎない。

「あと、こちらが私の名刺です」

 差し出された名刺には、副社長 桂木(かつらぎ) 香(かおり)の名前が印字されている。

「年始が明けましたので、法務局への届け出は終わりましたので法人登記簿謄本の申請は済んでいます」
「つまり、実質的に社長は自分という事になる訳ですか」
「はい。そうなります。ただ――」
「従業員は、殆どいない状態」
「事務員や営業回りが殆ど離職していますので」
「それでは、元の従業員に声を掛けて頂けますか? 以前よりも、給料を多めに出すと交渉してください。以前から勤めて頂いている方は、営業や事務のノウハウがあると思いますので多少、人件費が掛かってもいいです」
「分かりました」

 俺の言葉にホッとしたような表情を見せる桂木。

「――あと……」

 彼女はぽつりと呟くと頭を下げてくる。

「祖母を助けて頂いてありがとうございます。それに、父の病院代まで――」
「そちらは、その対価に労働力を提供してくれるという約束をしました。だから、こちらもその対価として自分が代表になり傾いた会社を立て直す為の資金を提供するに至った。それだけのことだから気にしなくていいです」
「それでも……、ダンジョンからしか手に入れることが出来ない貴重なポーションを提供してくれたのは――」
「全部、契約ですので気にしなくていいです。それよりも、先に来られた理由は……」
「はい、お礼を伝える事――、そして契約書についてです」
「たしかに……」

 実際、俺が社長になるとしても一銭も払っていない。
 その辺を含めての契約をしておきたいと言ったところなのだろう。


 

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