【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
情事と事情(2)
「せ、せせせ」
目がぐるぐると回っている佐々木が、俺の襟元を掴むと見上げてくる。
その瞳は、焦点を結んでいないようでいて――、ハイライトさんが消えていた。
「佐々木落ち着け」
「お、おおお、落ち着いていますから、落ち着いていますから!」
大事な事なので2回言いました! みたいな感じか。
「コホン」
まぁ、冗談を言っている場合ではないか。
ここは、誤解を解いておかないと後々、面倒な事になりかねない。
何せ、佐々木達の協力が得られなくなると、かなり厳しい戦いになるからな。
「佐々木、よく聞け」
「……」
「俺は、酔いつぶれたから介抱されていただけで、こちらの女性とは何の関わり合いも接点もない」
「――え!?」
今度は、相沢さんが大きな声で声を上げるが――、いまは構っている余裕はない。
「相沢さんとは本当に何でもないから、そこは信じてくれ」
「…………それなら……」
ようやく佐々木の目にハイライトが戻ってくる。
そして――、
「つまり先輩は、私を愛しているという事ですか?」
どうして、そういう結論に行き着くのか! まったく論理的に説明ができない。
「どうして、そういう話になるんだ?」
「そうすると、私の方が好みってことですか?」
「相沢さん、少し静かにしていて貰えますか?」
「は、はい……」
まったく! 事態を掻きまわすような発言は差し控えてもらいたいものだ。
それにしても愛しているか……、まったく! そんな感情は、これっぽっちもないな!
――だが、そのことを伝えた場合にどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。
間違いなく香苗さんや、鳩羽村交通の人たちにバッシングをされ協力されなくなるだろう。
つまり――。
「一応、仕事上の先輩として後輩であるお前のことは心配している」
まぁ、これは嘘ではない。
そう! 真実を語らないだけで嘘はついていない。
それに嘘で相手を騙すような真似は俺のポリシーに反するからな。
「一人の男性として、私を見た時――、私のことを先輩は愛していますか? 私は、先輩のことが大好きです……」
「……」
何故、そこで攻めこんでくる?
そうストレートに言われると一番困るんだが……。
「え? もしかして……、望ちゃんと山岸さんって――、そういう関係だったりするの?」
そこで、ようやく現状を把握したのか相沢さんが口元に手を当てながら目を見開き俺と佐々木を交互に見てくる。
「いえ、全然! そういう関係ではないので!」
「――え!? ど、どういうことですか! 先輩!」
慌てて否定した言葉に相沢さんが「つまり恋人同士じゃないってこと?」と突っ込みを入れてくる。
本当には話がややこしくなるから止めてほしい。
「と、とりあえず!」
一旦、この場を落ち着かせた方がいいだろう。
「佐々木は、藤堂や江原のことはいいのか?」
「え?」
唐突に二人の名前を出したことに彼女は呆ける。
江原に藤堂、二人とも俺に好意があることは本人たちの口から聞いていたので、二人と何かしらの約束をした可能性はあるかと思っていたが、反応からしてビンゴだったようだ。
「二人のことは別にいいんです! 既成事実さえあれば! 恋は戦いなんです!」
清々しいまでに言い切ってきたぞ……。
「佐々木」
「よくよく考えれば佐々木と俺は付きあっている訳ではないよな」
「そ、そうですけど……」
「たしかに告白に近い話を佐々木からは聞いていたが俺はハッキリと答えを返していないよな」
「はい……」
「つまり事実上、佐々木とは恋人同士ではないという事になるが――、その認識で間違ってないよな?」
俺の言葉にコクリと頷く佐々木。
そんな俺達の様子を見て「うわぁ」という表情で相沢さんは見ている。
「それって、つまり……」
しばらく俯き黙り込んでいた佐々木が顔を上げてくると、「今日からは、私と先輩は恋人同士で決まりですね!」と、聞いてくるが――、
俺は、佐々木の額にデコピンをする。
「いたーい」
「それは、それ――、これはこれだ。とりあえず、簡単に答えが出せる問題でもないだろう?」
「ええ!? ここまで言わせて保留ですか?」
「保留も何も……」
俺は思わず溜息をつく。
「相沢さん、送って頂きありがとうございます。また伺わせて頂きます」
相沢さんの答えを待つ前に、俺は旅館へと向かう。
俺が先行すれば、佐々木が付いてくるのは何となく察したからだが。
「先輩っ、待ってください」
俺の目論見どおり佐々木が俺を追いかけてくる。
それにしても、佐々木のことについては、きちんと考えないといけないか。
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