【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
交渉と面接(10)
光方さんとの話を優先にするわけにはいかないか。
そもそも、目の前の交渉相手は香苗さん達を大事には思っているようだからな。
目の前で邪見に扱うのも控えた方が得策だ。
「すみません」
俺は、香苗さんに向けて頭を下げる。
まずは言い訳をしない。
言い訳ほど見苦しいことはないし、何より相手の神経を逆なでることになりかねないからだ。
「一応、佐々木家本家の話を伺っていましたので、自分の名義という事にしました。別に乗っ取ろうなどという他意は無いので、そこはご理解頂ければと――」
「……どうして一言も話してはくれなかったのですか?」
「旅館の経営で香苗さんは色々と抱えていたようだったので。――ですが、これは言い訳にしかならないことは重々承知しています。――ですから、自分の問題が片付けば旅館の方はお返しすることは約束します。それで、どうでしょうか? 今まで通りお力を貸してくれますか?」
「…………つまり、旅館『捧木』を購入した上で佐々木家本家と対立して相手を倒した後に旅館を返してくれる……、そういうことですか?」
「そうなります」
俺の返答に3人が唖然とした表情で俺を見てくる。
しばらく、全員が無言になり、
「おほん! そ、それでは……」
光方が言葉を選ぶようにして話を切り出す。
「山岸さんは、何のために10億円も使って旅館を購入したのだ?」
此奴は何を言っているのか。
俺が何億もの金を出して戦うなんて、そんなのは決まっているだろう?
「大事な物(ぎゅうどん)を貶められたからだ。俺の宝物と言ってもいいものだ。人は誰しも守りたいモノがあるなら金銭を厭わないものだろう?」
「なるほど……」
相槌を打ってくる光方。
俺の話をきちんと理解してくれたかどうかは不明だが、こちらの意図は伝わったと理解していいのか?
「確かに儂にも鳩羽村のインフラを守るという大事な物がある。つまり、そういうことだな?」
「それに近い」
「それにしても……」
何度も光方は頷きながら俺を見たあと佐々木の方へと視線を向ける。
「守りたい者か……、なるほどのう。まぁ、男なら至極真っ当な意見と言わざるを得ないな」
そんな光方の言葉にようやく我に返ったのか横に座っている佐々木が「先輩、私……」とか言ってくるが、いまは佐々木のことは置いておくとする。
「そうですか……。そこまで娘のことを……。私、山岸さんを誤解していたみたいです」
香苗さんは香苗さんで何かを誤解している模様。
まったく、人の話をきちんと聞いていないのだろうか?
「言い分は分かった。そして、旅館の運営のため――、つまり宿泊客を増やす為にバスのダイヤを増やして欲しいという意図は伝わった」
「いや、伝わってないから。俺は、新しく働くための従業員の足が欲しいと考えている」
「――ん? どういうことだ?」
「そもそも、鳩羽村に来るためには鉄道が無い事から自家用車かホテルの送迎バスがメインになるんだろう?」
「そうだな……」
「つまり、バスの利用者は基本的に住民という形を取っていると思うが、問題は住民の多くは自家用車をもっていて乗る人が少ない。違うか?」
「う、うむ……」
大体、予想通りだな。
バスの路線が増えない一番の要因は基本的に利用者が少ないからというのがあげられる。
そして利用者が確保できるなら人材の確保は最優先で行われる。
何せ、ダイヤを維持する為には、人手というのは必須になるから。
つまり、3時間に一本で事足りているという現状は利用者が居ないともとれる訳だ。
――ただし、3時間に一本。しかも、夕方頃にはバスの運行がストップしている現状では、24時間、3交代制で仕事を覚えてもらうプランを考えている俺には正直言って使い勝手が悪い。
「そこでだ。旅館『捧木』で働く研修生が利用できるように1時間に一本でいい。24時間、バスを運行してくれないか?」
「それは無理だ!」
「まぁ、たしかに現状が無理なら難しいと思う。ただし、俺が資金を提供すると言ったらどうだ?」
「どういうことだ?」
「バリアフリータイプのバスの導入と、数か月間の従業員の人件費、さらにガソリン代含めた資金提供をすると言っている」
「山岸さん!?」
「先輩っ! それって!」
「それは、会社を買いたいという訳では……」
「光方さん、貴方がバスの運行に捧げている情熱は俺も理解したつもりだ。最初は、会社を買収しようとも考えていたが、それは失礼だと思い至った。だから、どうか力を貸してほしい。もちろん俺は、金とダイヤのことしか口は出さない。それ以外のことは、見返りは一切求めないし、そちらの采配でバス会社の運行をしてもらいたい」
俺の言葉に、光方の――、唾を飲み込んだ音が事務所内に静かに響き渡った。
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