【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
交渉と面接(6)
スタッフルームを出たところで、足を止める。
よくよく考えてみれば、俺は殆ど旅館のことを知らない。
それどころか相原が、どこの部屋に泊まっていることすら聞いてない。
「仕方ない……」
最終手段――、携帯電話に電話をする。
数度のコール音のあと、「はい。相原です」と、音声が携帯電話から流れてくる。
「山岸ですが――」
「お帰りになったんですね。それで、今度は何処に行く予定ですか? 車を出す為の電話ですよね?」
「まぁ、そうですね……」
さすがはベテランのドライバー、電話口から聞こえる声には諦めすら感じる声色が混じっていることを何となくだが――、コールセンター歴が長い俺は察していた。
「それでは用意して入口に行きます」
「よろしくお願いします」
移動自体は走った方が早いが、交渉で相手の会社に行くのなら車で行った方がいい。
しばらく旅館入口で待っていると、相原が姿を見せる。
「お待たせしました」
スーツをビシッと着こなしている辺り何かしら察したのかも知れない。
「いえ、どうもすいません。急遽、商談の話が出来てしまって……」
「分かっています。旅館の経営に関しての話を伺った時から何となくですが分かっていましたので」
「そうですか」
さすがはタクシードライバー。
先見の目は確かだ。
「それで、どちらまで?」
「鳩羽村交通まで行こうと思っています」
「なるほど……、交通機関を抑えるという訳ですか――、さすが社長が一目置いているだけは……」
「そういうのではないので――」
「分かっています。車を回してきますので」
相原が旅館から出ていき駐車場の方へと向かう後ろ姿を見送ったあと、さらに旅館入口で待つ。
もちろん待つのは――。
「せんぱい……」
「山岸さん、お待たせしました」
――おかしい。
どうして香苗さんだけでなく娘の佐々木まで一緒にくるのか……。
「あの、香苗さん。佐々木は……」
「この娘も一緒に行くことになりましたの」
「佐々木もですか?」
「ええ――、光方さんには私だけ謝罪に伺えばいいと思っていたのですけど……、娘が自分も迷惑をかけたのだからと――」
「せんぱい……、一緒に行ったら迷惑ですか?」
胸元で両手を組みながら懇願してくる佐々木を見て内心溜息をつく。
香苗さんの前で否定をするのは簡単だが、今後のことを考えると良好な関係を築いておくためには安易にダメだというのは控えた方がいい。
「いや、お前が決めたのなら――、それでいいと思う」
今は余計な波風を立てる必要もないからな。
それによくよく考えてみれば当事者が二人とも一緒に行くという案は悪くはない。
外に車を待たせていることを伝え旅館を出たあと、鳩羽村交通へと向かう。
「あの!」
「はい? どうかしましたか?」
唐突に、香苗さんが相原に話しかけた。
何事かと思っていると、「鳩羽村交通は、場所を村の外れに移動したので――」と、言う香苗さんの声が車の中に響く。
助手席に座っている俺は、カーナビに表示されている鳩羽村交通の場所を確認するが――、鳩羽村交通の所在地は町の中心部となっている。
「香苗さん」
「なんでしょうか?」
「鳩羽村交通の場所ですが、カーナビには所在地が鳩羽村の中心部になっていますが……」
「じつは……、娘を東京まで送ってもらった後に――」
そこで香苗さんが口を閉ざす。
つまり、佐々木家本家からの圧力で村の外れに会社が無理矢理移動させられたということか。
だから、香苗さんは鳩羽村交通に対して余計に責任を感じていると――。
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