【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
交渉と面接(4)
以前に会社に伺った際に受けとった名刺を財布から取り出す。
そこには、M&Aコーポレーションという社名と、課長代理である望月麗華の名前が書かれている。
その名刺を隣で見ていた佐々木が突然、「女の人の名前――。せんぱい……」と呟きながら不機嫌になる。
「ああ、これは会社をいくつか購入する際に――」
「そうじゃなくて! その名刺って女の人ですよね?」
「――ん? あ、ああ……。そうだが……、それが、どうかしたのか?」
「何でもないですっ!」
何を怒っているのかまったく理解が出来ない。
やれやれ――。
とりあえず、名刺に書かれている代表電話番号をスマートフォンに入力し発信ボタンを押す。
数度コール後に、電話が切り替わるが――、「お電話ありがとうございます。M&Aコーポレーションです。1月5日までは~」と、会社の休みを音声として流してきた。
「先輩、どうでしたか?」
「年末年始は休みのようだな」
「へー。せんぱいっ! 個人携帯番号も名刺に書かれていますよ?」
「――いや、さすがに一度しかビジネス関係で会った事がない相手に連休中に電話をするのはダメだろう?」
「そうですねっ!」
何故か知らないが突然、機嫌が直る佐々木。
そんな佐々木を見ていた佐々木の母親である香苗さんは、クスクスと笑っているが――、どこに笑う要素があるのか皆目見当がつかない。
「よくよく考えてみれば年末は一般の会社は忙しく――、年始は大半の会社が休みなのが普通だからな」
「そうですねっ!」
まぁ――、コールセンターや、コンビニ、そして医療機関を含んだ24時間対応の業種だけが仕事をしているが……。
「それじゃ、どうしましょうか?」
「そうだな……」
どうしたものか……。
会社の売買のプロが使えないとなると、ここは顔見知りを連れていくのが一番良いんだが――。
チラリと香苗さんと佐々木の方を見る。
「佐々木」
「はい?」
「お前は、鳩羽村交通の社長とは知り合いなのか?」
「お父さんが生きていた時は、シャトルバスの契約をしていたので小さい頃に何度か会った事があるってお母さんから教えてもらいました」
「そうね」
「でも宿の経営が傾いてからはシャトルバスの契約を解約したので――」
「そうね……」
佐々木の言葉に香苗さんの表情が暗くなる。
別に、俺はそこまでの情報を求めている訳ではないんだがなと思ったところで、「ただ――」と、佐々木が俺を見てくる。
「光方さんは、私達が町の中学校に通う時はバスの運転手をずっとしていたので顔見知りです」
「なるほど……」
それは顔見知りと言えるのだろうか?
「香苗さんは? 」
「そうね。自治会で時々、顔を会わせていたりするけれど……」
「何か問題でも?」
どことなく歯切れ悪い話し方が気になる。
「光方さんには、望(のぞみ)を東京まで連れて行ってもらった時に、たくさん迷惑を掛けてしまったから……」
「それは――」、
つまり鳩羽村交通は、佐々木家の本家から圧力を受けたのだろう。
「はい。ご推察の通り、望が東京に行ったあとは自治会で顔を会わせることがあっても……」
「疎遠になっていると言う事ですか」
「はい」
コクリと頷く香苗さん。
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