【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

帰郷(1)




 急激な下り坂を、車はエンジンブレーキを使いながら降りていく。
 しばらく下ったところで車は赤信号で停まる。

「佐々木、過疎化している村だと前に言っていたよな?」
「はい。こんなに鳩羽村の商店街に人が居るのなんて見たことがないです」
「ふむ……」

 俺は信号で止まっている車のフロントガラスから見える商店街の光景を見ながらスキル「神眼」を発動させる。

「冒険者の数が思ったよりも多いな」
「――え? 先輩、分かるのですか?」
「まぁな」

 佐々木に言葉を返しながらもレベル100から150付近が視界内に居る人数だけでも30人は居る。
 さらに――、その中には日本ダンジョン探索者協会の職員もチラホラと買い物をしているのが見て取れる。

「ふむ……」
「それにしても鳩羽村商店街に、こんなに人が居るなんて信じられないです」
「そうなのか?」
「はい。以前は、9割方シャッターが閉まっていて閑散としていましたから。あっ! 相原さん、信号を左折して道なりに走ってください」
「分かりました」

 信号が青になると同時に、佐々木が進行方向を指さす。
 車は、左折し両脇に民家が並んでいる中を道なりに進む。
 しばらく走ると、山の方へと入っていく細い路地へと変わる。

「佐々木、この道で合っているのか? お前の実家って旅館だよな?」
「はい。かなり古い旅館なので、山間の中にあるのです。――でも、そのおかげで交通の便があまり良くなくて商店街までお客様を迎えに送迎車を出していたりします」
「なるほど……」

 たしかに――。
 すでに商店街が見えた交差点から車で3分ほど走っている。
 それなのに旅館が見えないというのは、交通の便から見て――、かなり不便だと言わざるを得ない。

「――ん?」

 車内から外を見ていたら何も手入れがされていない森林から、ヒイラギの生垣へと変わった。
 人の手入れがされているということは……。

「佐々木さん、あれですか?」
「あれです! 相原さん、少し手前の左手に来客用の駐車場がありますので、そちらに停めてください」
「わかりました」

 どうやら、推測どおり旅館に近づいたらしいな。
 そして佐々木の言う通りすぐに駐車場入り口が左手に見えてくる。
 相原が運転する車は、左折し――、駐車場内が見えてきた。
 生垣の外からは見えなかったが、駐車場はかなり広く作られており、一般車両だけでなくバスなどが停車できるスペースも存在見て取れる。

「かなりスペースがあるんだな」

 それにしても、殆ど車が停まっていないのはどういうことだ?

「もしかして……」
「佐々木、この時期の客入りは少ないのか?」
「そんなことないです……。むしろお正月時なので本当は多いはずです」
「なるほど」
「佐々木さん、車を停車する場所などは決まっていますか?」
「いえ、好きに停めてください」
「分かりました」

 車が停車したところで、相原と佐々木を共だって旅館へと向かう。
 旅館は、松阪市内で泊まった割烹旅館『夢庵(ゆめあん)』よりも大きく伝統があるのか古く見える。

「佐々木」
「はい」
「素人目から見た感じ、割烹旅館『夢庵(ゆめあん)』よりも、こっちの方が伝統あるんじゃないのか?」

 そういえば、佐々木の母親である香苗(かなえ)さんが、1000年の歴史がある旅館とか言っていたような気がする。

「一応、歴史だけは……」

 煮え切らない答えに、少しだけ引っかかりを覚えながら入口から建物の中に入る。
 建物の内部は、たしかに近代的とは言い難いが、床板も綺麗に磨かれており清潔なのが一目で分かる。

 カウンターに立っていた女性――、佐々木の母親である佐々木 香苗(かなえ)さんが、俺達の来訪に気が付いたのか音を立てずに近づいてくる。

「どうして……、望(のぞみ)が此処に居るの?」




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