【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

想いと思い(2)




「暴漢?」
「はい」

 暴漢と言えば――、思い当たる節は一つしかない。
佐々木が、女性となって俺の部屋に来た時のこと。

「お前が、初めて俺の部屋に来た時の事か? 西貝達の――」

 コクリと頷く佐々木。
 どうやら俺の予測は外れてはいなかったようだ。
 ただ、問題は……。

「つまり、お前は俺が助けたから惚れたと?」
「私のことを大事だからって助けてくれましたよね?」
「?」

 その言葉に、俺は思わず無言となり首を傾げる。
 そんな事を一言も口にした覚えがない。
 何故なら、その時に俺が思ったことは――、窓ガラスが割られた衝撃で床にぶちまけられた牛丼に激怒して大事だと言ったから。

 佐々木の事を思って一言も大事だと言った事がない。

「山岸先輩?」

 俺が無言になったことが気になったのだろう。
 疑問を浮かべた表情をしながら佐々木は寝ている俺を見下ろしてくるが――。

 ――さて、何と答えるべきか。

 正直、佐々木のことは後輩としては見ているが何とも思っていないというのが実情な訳で……。
 それでも『佐々木、俺はお前の事を何とも思っていない。牛丼を大事だと言っただけだ。誤解したお前が悪い』と突き放すのは、些かマズイ気がする。

 何せ、男女同じ部屋に居る以上、もし俺が佐々木に何の好意も持っていない事を言ったとしよう。
 そしたら、どうなるのか……。
 もしかしたら怒って俺のことを通報しかねない。
 そしたら、また警察のお節介になる可能性もあるし、下手したら紙面にあらぬ疑いで掲載されてしまう可能性もありうる。

 ――そして! もっと重要な問題は!

「A5ランクの松阪牛を使った牛丼が食べられなくなることだ!」
「――え? 牛丼? どうして牛丼の話が?」
「いや、何でもない」

 思わず思っていた事が口に出てしまった。
 とりあえず佐々木の機嫌を損ねると松阪市までわざわざ来た意味がなくなってしまう。
 つまり佐々木の好感度を下げるのは宜しくない。

「お前の言いたいことは分かった」

 とりあえず遠からず近からずと言った感じで説得するとしようか。

「たしかに、お前のことは大事だと言ったかも知れない」
「それじゃ!」
「だが、勘違いするなよ? お前は、俺の後輩だから大事だと言っただけだ。それは分かるな?」
「……は、はい」

 テンションが上がったと同時に、即シュンと落ち込んだ様子を佐々木は見せる。

「つまりだな。何というか、男というのは胃袋を制すれば何とでもなるという諺があるように、お前と俺は良く分かり合えていない。つまり、いまの現段階では俺とお前は先輩と後輩の仲と言う事だ。お前が俺に惚れているのはお前の勝手だが、それを俺に押し付けるのはよくない。わかったな?」
「――それは、つまり! 男女の仲として分かり合えれば問題ない! ってことですか?」  
「コホン! ま、まぁ……、そうなるか? そうなるのか?」
「分かりました!」

 俺の言葉に納得したのか佐々木が浴衣を脱いで一糸まとわぬ姿になり俺に抱き着いてくる。

「どうして、服を脱ぐ? そして、どうして俺に抱き着いてくる?」
「だって男女の仲を理解するのは体を重ねるのが一番良いって書いてありました! 一回した後に相性で分かるって!」
「そんな豆知識は良いから服を着ろ!」

 コイツは俺の話を聞いていなかったか?
 まったく、先が思いやられる。

「でも、男の人はこうすると喜ぶって!」
「それは男女の仲の場合だ。お前と俺は先輩と後輩の仲! とりあえず服を着ろ!」
「はーい」

 渋々と言った様子で浴衣を着たあと、佐々木は俺の隣で横になり目を閉じる。
 まったく……、もう少し慎みを持ってもらいたいものだ。



 朝になり朝食を摂ったあと、相原さんと合流する。
 もちろん俺の隣には佐々木が立っており――。

「山岸さん、どうでしたか?」
「どうとは?」
「目の下にクマが出来ていますよ? もしかして、一睡もせずに――」
「そんなことはないので」

 俺は溜息交じりに相原さんに言葉を返す。
 
「彼女、すごく美人じゃないですか?」

 まぁ、客観的に見るのなら大和撫子系黒髪美女だとは思うが、中身はすぐに体を求めてくるビッチだからな。
 正直、大和撫子からはもっとも遠い存在だろ。 

「とりあえずチェックアウトを。俺と相原さんの分は俺が払うから」
「――え? 私の分は?」
「何を言っているんだ? 佐々木の分を一度でも払うと俺は言ったか?」
「ええー。山岸先輩、冗談ですよね? ここの支払いって私も含まれていますよね?」
「いや――、まったく――、全然! 含まれていないが?」

 やれやれ、何時から俺が佐々木ごときに奢る事になったのか。




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