【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
はふりの器(25)
コート越しだが、柔らかい肢体は女性特有の物でありいい匂いもする。
それにしても、彼女は誰なのだろうか?
「ちょっと! お兄ちゃんに、触らないでよ!」
妹の鏡花が、すごい剣幕と強い口調で叫びながら、俺と抱き着いてきている女性の間に割って入ってくる。
「何をするんですか!」
「それは、こっちのセリフなの! だいたい、あなた達は――、どこの誰なんですか?」
鏡花は、基本的に初対面の人間相手でも、外面は良いはずなんだが……、――何故か知らないが相当苛立っているのか、俺に抱き着いてきた女性を睨みつけている。
そして――、睨みつけられている女性はと言うと、揺れる瞳で俺をまっすぐに見つめてきているだけで何も言葉を口にしようとしない。
……仕方ない。
ここは俺が間を取り持つ方がいいだろな。
「うちは、上落ち村の顔役を代々しているんですが――、こんな何もない田舎の村に何か用事でも?」
「――え? あの……、山岸直人さんですよね? 私です! 江原(えはら)萌絵(もえ)です!」
「江原さんですか?」
初めて聞く名前だ。
大学でも、そのような名前の女性は――、1000人近くいるから分からないな。
「チバ大学の学生さんですか? 自分には心当たりがないんですが……」
「――え? あ……、藤堂さん! 山岸さんの見た目が若い気がします」
「私と富田さんは気が付いていたから、佐々木さんと江原さんは少し落ち着いた方がいいわよ」
「はい……」
藤堂と呼ばれた女性の言葉に、俺に抱き着いてきた佐々木という女性は無言で頷き、江原さんは「そうですね……」と力なく首肯している。
「同僚が失礼致しました。私の名前は、藤堂(とうどう) 茜(あかね)と申します」
そう切り出してきたのは、藤堂さんと言われた女性。
藤堂か……。
やはり、記憶にはない。
――だが、相手が自己紹介をしてきた以上、こちらも答えるのが筋というものだろう。
「山岸直人と言います」
「失礼ですが、山岸様は村の顔役を代々行っていらっしゃる家系の方ということですが、ずいぶんとお若いですね」
「そうですね。本来の顔役は父親なので――、今回は代役と言う形になります」
「そうでしたか……。やはり大学生なのですか?」
「ええ、まあ……」
俺と藤堂さんの話を聞いていた、佐々木と呼ばれた女性は大きく目を見開き俺をジッと見てくる。
見開かれた彼女の大きな瞳には涙が浮かんでいるようにも見えてしまう。
何か、ショックな事でもあったのだろうか?
「そうでしたか。少し上落ち村についてお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「うちの村についてですか? 何もない辺鄙な山奥の村ですよ?」
これは誇張でもなんでもない。
本当に何もない村なのだ。
唯一、自慢できる物と言ったら最新のISDN回線を引いたインターネットと接続されているデスクトップパソコンがある公民館。
あとは、働き口がない上落ち村のために伊東市出身の西貝議員が、東亜ソーラー開発株式会社と共に建設している日本国内で初の太陽光発電施設の建設地くらいだろう。
「はい、構いません。出来れば神堕神社についての話を伺いたいのです」
「それなら親父に聞いてみないと駄目ですね。自分の方から話を通しておきますので、家にでも上がって待っていてもらえますか?」
「お兄ちゃん! 得体の知れない人を家に上げるなんて鏡花は反対なの!」
「鏡花。俺達の村について聞きたいと来ている人を無碍に扱う訳にはいかないだろ」
「でも! でも――」
「大丈夫だから! とりあえず、俺は親父に報告してくるから、お前は彼女たちに茶でも振るまっておいてくれ」
「山岸直人さん。お心遣い申し訳ありませんが――、やはりご家族の……、妹さんの意見を尊重された方がいいと思います。私どもは、ここで待っておりますので」
「そうですか……、わかりました」
まぁ、そう言われてしまうと強制はできないからな。
とりあえずは親父に報告して対応してもらうのがいいだろう。
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