【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

錯綜する思い(2)第三者視点




「――え? あれ? どうして……、二人がここに……」

 戸惑いの感情を瞳に浮かべたまま、江原が口を開くが――。
 
「黙ってくれるかしら?」

 ドン! と言う音と共に、江原の口を右手で塞ぐと同時に彼女――、江原の体を壁に叩きつけた。
 レベルが100近いと言っても、身体能力に補正がかかるのは、山岸直人とは違いダンジョン内で発揮されるもの。
 壁に凹みが出来るほどの強さで背中から叩きつけられた江原の表情が痛みに歪む。

「佐々木さん、やりすぎです」
「………………」

 藤堂の言葉に、佐々木は言葉を返さないまま無言で、江原の口元から手を離す。

「けほっけほっ――」
 
 床を向いたまま咳き込む江原を見下ろすようにして佐々木は口を開く。

「江原、あんたの話は聞いていたわよ? どいうことなの? どうして山岸先輩から鍵を預かったって嘘をついたの? それに、どうして山岸先輩が隠そうとしていた事を楠に話をしたの?」
「それは……」
「鍵は預かっていない。山岸先輩は鍵を掛けてポストに入れておくようにって言ったんでしょう?」
「何故それを!?」
「あんた、私のレベル知っているんでしょう?」
「8800……」
「そうよ、魔法の【聴覚強化Ⅲ】で山岸先輩とあんたの話は聞いていたわ。朝方からの話を全部ね! 千葉都市モノレールの沿線を破壊したことも、レムリア帝国の兵士を山岸先輩が倒したことも、全部聞いていたわ」
「そんな!? そんなのプライバシーの侵害――くうっ」

 江原の言葉に、目を見開いた佐々木が江原の手を踏みつける。

「プライバシーの侵害? アンタだって山岸先輩のプライバシーを侵害しているじゃないの! それも、江原――、アンタを信用して教えてくれた情報を他者に教えるなんて最低の行為をしたじゃないの!」
「――で、でも!」

 江原は、そうしないと思い人である山岸と居られなくなってしまうと顔を上げて抗議の声を上げようとする。
 だが、見下ろしてくる佐々木の目が怒りに満ち溢れていることを感じると言葉を途中で飲み込んでしまう。

「言い訳はいいわ。今回のことに関しては、私の方から楠に言っておくから! 一切、手を出さないようにってね」
「そんな、だって……、私だって……」
「だから言っているわよね? アンタは自分の事しか考えていない。自分の為なら、山岸先輩を裏切るような行為だって平気でするような人間だって」
「……あ、――ああ……」

 そこで、ようやく江原は目を見開く。

「……わ、私……、そんなつもりで……、そんなつもりで山岸さんの事を楠さんに話したつもりじゃなくて……」
「江原、アンタがどう思うが、知ったことではないの。第三者が、アンタの行動を見てどう感じたか! それが問題なのよ。アンタは自分の行動と行いを振り返って、山岸先輩の迷惑にならないという行動を本当に取ったの?」
「……ちがうんです。そんなつもりで言ったわけじゃないんです。ただ……、私は山岸さんの近くに居たくて……、本当にそれだけなんです! だから、だから……、本当にそんなつもりじゃ……、でも……だから……」

 江原は目から涙を零しながら、事の重大さに気が付いたのか大きな瞳から涙を零しながら自問自答を繰り返し――。

 それを見ていた佐々木は深く溜息をつく。

「藤堂さん、実際のところ山岸先輩のことは自衛隊と日本ダンジョン探索者協会はどこまで知っているの?」
「そうですね。陸上自衛隊では山岸さんが競馬で7億円を当てたところまでは掴んでいます。そして、自衛隊習志野駐屯地の建物を破壊したことも、すでに隊内では確固たる情報として流れています。日本ダンジョン探索者協会には、まだ流れていませんが時間の問題だと思います」
「――そう……」

 藤堂の言葉に、佐々木は頷くと床に落ちている江原のスマートフォンを拾い上げる。

「江原。アンタが、山岸先輩の事が好きだと言う事は分かったわ。でも、手段を間違えたら駄目」
「はい……」
「まぁ先輩の一番は私で二番は藤堂だから、焦る気持ちは分からなくはないけど……、だけど、そういうことはやったらいけないわ。だから――」

 佐々木はスマートフォンを江原に押し付ける。
 江原が受け取ってから佐々木は口を開く。

「今から楠に電話をしなさい。7億円というのは本当の事。それと魔法に関してはダンジョン内で拾った巻物で覚えたようですって。陸上自衛隊で掴んでいる情報だけを正確に伝えなさい。いいわね?」
「はい……」

 佐々木の言葉に、瞳を真っ赤にしながら江原は頷く。
 そして楠に電話を掛ける。
 涙声で江原が、楠に話をしているが――、どうやら楠の方は嘘をついたという罪悪感から江原が泣いていると勘違いしたようで――。

 そして、それを見ていた佐々木の肩を藤堂が叩く。

「そんなのでいいの? 一応、彼女はライバルなんでしょう?」

 藤堂の言葉に、佐々木が小さく息を吐くと言葉を紡ぐ。

「だって、仕方ないじゃないの。同じ男性を好きになったんだもの。それに、山岸先輩が彼女を信用して仕事を任せたのだから……」
「佐々木さんは甘いですね」
「藤堂さんならどうしたのよ?」
「私ですか? 私なら、ことのあらましを全て山岸さんに報告して彼女の仕事を奪うまでしますね」
「……容赦ないわね」
「ええ、恋は戦いですからね」

 二人が話している間に、電話が終わったのか江原が二人を見ていた。

「あの……、部隊の手配はしないことになりました」
「そう、当然ね。まぁ手配をしても私が出させないけどね」

 江原の言葉に佐々木は頷く。

「そういえば、佐々木さんは名ばかりの幕僚長になったんですものね」
「名ばかり……、そうね……。でも話を聞いている限りだと山岸先輩は自衛隊に対して良い感情を抱いていないみたいだから辞退しようかしら」
「それは問題なのでは?」

 佐々木の発言に藤堂が突っ込みを入れる。
 さすがにレベル8800の人間の野放しは危険すぎると国から目をつけられるし、何よりもダンジョンを攻略した第一人者。
 そんな無理が通るとは藤堂には考えられない。

「大丈夫よ、嘱託と言う感じにしてしまえばね」
「それでも国民は納得しないのでは?」
「大丈夫、それも考えてあるから」
「その考えとは?」
「貝塚ダンジョンの使用権限を日本国民に譲渡すると言えば許可は下りると思うの」
「なるほど……、一人より皆に権利が発生すれば、それは国民に還元されますからね」

 二人の話を聞いていた江原は、恐る恐る口を開く。

「あ、あの……、部屋に関しては……205号室と105号室に関してはすでに抑えたみたいで……」
「あら、よかったじゃない? ――なら今日からは105号室に暮らせばいいわね?」

 さらっと105号室、藤堂の隣の部屋に移動を指示する佐々木。
 だが、その言葉に江原は頷くことしかできなかった。





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