快晴

きなこもちらーぜ

第3話 中庭が見える窓に

人というのは結局のところみんな自己中だ。一見誰かの為に見える行動を1つとってもそれは自分が助けてあげたという自尊心を満たすための偽善でしかない。本当の善は意思を持たないもの、つまり偽善者の創造物でしかなし得ない。検索すればすぐに答えを導き出すスマホやパソコンは善の具現化したものと言えるかもしれない。押し並べて、人と仲良くするのも、今日、パンをむさぼるのも自分が今日生きて、明日生きる為の行動だ。だから俺は、自分のしたい事だけがしたかった。したくない事はしたくない。だから俺は、無知を装う奴らが嫌いだった。そうは思っていても結局俺は、自分の自尊心を満たすだけの戯言たわごとをし続けてしまうさがなのだ。

俺の家の近くには百合畑が広がる土手がある。春の時期は蕾の頃からこの黄色いユリを見ながら登校するのが気に入っていた。

まだ新年度も始まったばかりだというのに、期待を裏切るようにいきなり授業で埋まった学校は憂鬱だ。

「出席を取るぞー」

担任の矢坂の声が教室で反響する。
初めてのきちんとした出席確認に教室全体が強張る。
30人全員。さすがに欠席者はいないがやさぐれた奴らはぶっきらぼうな返事しかできなかった。

うちの学校の校舎を俺は気に入っている。正門より先に駐輪場が敷かれ、正門から入ってすぐ目の前には体育館がそびえ、その両サイド、左手側に4階建ての教室棟、右手側には一昨年改修工事されたばかりでまだ綺麗な実験棟が揃う。そのまま奥に進むと、体育館裏には中庭が生える。さらに降り坂を抜けるとグラウンドとプール、そして俺が汗を垂らして抜ける裏門がある。一見左右対称だが、教室棟の窓側だけにはグラウンドがあるので対称と言えない。だがつくりだけ見れば対称だから気に入っている。

朝会を終えて一限の英語の支度を始めた。教科書を置き終えると同時に後ろから声をかけられた。

「ねえ夏目」

耳が押されているかのような甲高い声を発する若山に呼ばれた。

「またおんなじクラスじゃん」
「みたいだな」

軽く笑いながら返すがこれはある種の事件だ。小中高と同じなのはともかく、小6からずっと同じクラスというのも何かあるとしか言いようがない。

「あたしたち赤い糸とかあったりして」
「んなわけ」
「だよねー」

こんなノー天気なギャルみたいなやつと結ばれているなんてごめんだ。ついでに俺は赤い糸なんて信じないたちだ。

「ねえ…」

彼女は声を潜めてうなった。

「橘さんってあんたと話したいんじゃない?」

目を見開きながら口角を大きく上げて人をおちょくるような顔をする。溜め息が溢れそうだ。少し心地よくなりたくて窓辺にきたがそれがあだとなって帰ってくる感覚は最悪そのものだ。

「あのなぁ、もしそうだとしても俺に気があるみたいな言い方をすんなよ」
「わかんないよー」
「お前だって会ったばかりじゃないか」
「どーかなー」

ゆっくりと歯茎はぐきを覗かせる。

「ただ単に何か聞きたいことでもあるんじゃないか?」
「ふーん、あっそう」

話題を持ち込んだ割に素気すげ無く背中を見せた態度にいささかの憤りを感じたが、その言葉が満更まんざらでもないような気がして来て、興味が少し上回った。その言葉信じられないのは勿論だが、火のないところに何とやらでどうしても気になってしまう。

1時限目のチャイムが溜め息の音を掻き消した。

いきなり授業に遅れたのは、英語科担当の栗花落つゆり先生だ。

「あー!すみません!授業はじめます!!号令お願いします」
「気を付け。礼」
「えー。初めての人はいないと思いますけど、栗花落紗伎さきです。お願いします」
「えーと。2年からは英語が2つに分かれて、えー、英会話や基本文法を復習したりする英語表現と、長文読解などをする英語IIに分かれます。えー。私は、英語表現の担当です。えー。じゃあ教科書を配るので回してください」

新品の教科書から漂うインクの香りが妙に心地いい。

英語は得意ではないが苦手でもない。正直、将来日本に引きこももるつもりなので英語なんて必要ない。でももしもの為にと、きちんと理解はしている。

「えー、隣の人と席を付けてください」

先の件もあってか、隣に座る少女に否が応でも気が向いてしまう。
鼻息が荒くなってないかと意識すれば、余計に心臓は速さを増してより多くの酸素を求め出す。出す息は意識しているおかげで少しずつでも、吸う息は足りなくなった酸素を補う為に鼻の奥で乾いた音をはらむ。
黒い髪から、ほんのり爽やかで甘いシャンプーの香りが一瞬した気がした。
授業の始まった黒板に両眼を落としている少女の姿を見て我に戻り、なんだか恥ずかしくなった。

1年の授業内容の復習をしている先生の話を遮って隣の少女がねぇねぇと手の甲でそっと俺の脇腹をつつく。
戸惑いを帯びた声に対して、呼吸を整えるように一言言う。

「どうした?」
「あ…っん…あぁ…」

煮え切らない返答。
少しムッとしたがそれを悟られないように優しく、もう一度声をかける。

「なんかあったのか?」

ゆっくりと首をこちらに向け直して言った。

「英語…全くわかんない」

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