快晴

きなこもちらーぜ

第2話 口笛を吹きながら

髪型というものに大したこだわりはない。というより、その人に合っているかどうかが最も大切にすべきことだろう。
だがいて言うなら、ポニーテールが良いと思う。何故だろう。ずっと前に好きだった人がポニーテールだったからかもしれない。

毎年度恒例のクラスでの自己紹介の順番が隣の席の少女に回ってきた。

橘結菜たちばなゆいなです。部活はバドミントン部。好きなことは……特にありません」

緊張しているのか消え入りそうな震えた声は、テンプレだけで簡潔に済ませた。スカートにシワが付かないよう軽く撫で、見るからに細い太ももほどまで下げた手をそのままに、ふぅと小さな声とともに席に着いた。

たおやかな髪の黒色に目を奪われた。丁寧にわれたポニーテールの少しはねた最後。首を少し振ると軽くなびく細い横髪。艶のある真っ直ぐに伸びた髪たちは、触れれば溶けてしまいそうな白い肌によく似合っていた。

いつのまにか自己紹介は順調に進んでいたようで、気が付くと次は俺の番だった。

クラスでの最初の自己紹介というのは自らの立場をある程度決定する大切なものだ。
声のトーンや仕草、内容が互いに関係し合って所謂いわゆる陽キャと陰キャに分別される。俺は至って普通に過ごしたい。だからテンプレだけ喋る。

夏目遥樹なつめはるきです。天文学部に入っています。一年間よろしくお願いします」

これぞテンプレと言わんばかりの完璧な文を至って普通のペースで読み上げる。これで、俺の一年の安寧あんねいは保証されただろう。

俺が天文学部に入った理由は単純だ。楽だから。ただそれだけだった。
中学の時はバスケ部のレギュラーで順調だったが、ある試合がきっかけで顧問と対立したことによって、バスケがあまり好きではなくなった。だから高校はどの部活に行こうかと思案していると、先輩が天文学部を進めて来た。星の知識なんてなかったが、基本は活動をしないというところに心を惹かれた。うちの高校には天体観測用の器具が少ないので、校内できちんとした活動はできない上に、顧問が教育相談担当で普段からあまり部活に顔を出さないのだ。

部活が青春をいろどるなんてのは妄想でしかない。そもそも青春なんて実在するかもわからない。青春がUMA認定されるのもそう遠くない話だろう。だから俺はできるだけ自分が遊べる時間が欲しかった。ひとりでも構わない。本当にやりたいことだけがやりたかった。俺は最近、YouTubeで音楽を聴くのが日課になっている。かなり人気の投稿者たちは同じことの繰り返しで詰まらないのであまり見ない。それに比べて音楽は多岐にわたっているので誰の曲を聴いても面白い。時々口ずさんでしまう時もあるほどに。

右に座る少女が輝いた目を向けた先は、自分でも聞こえないほど小さな声で鼻歌を歌っていた少年だった。

「夏目くん…」

その少女の口パクと間違うほどに小さなささやき声は少年の耳を穿うがった。

「それって先週の水曜に出たばっかの新曲?」

聞こえていないと思っていた鼻歌を女子に聞かれてしまったのだと思うと恥ずかしくなった。顔が熱くなるのがよくわかる。

担任はクラスの全員に話しながら、顔が急に紅くなった俺に、心配の目を向けてくれたが、はにかんで無事をアピールしたので話をそのまま続けた、。

すると、吊られるように高橋も頬を緩ませた。

「友達がCDを聴かせてくれて、好きになったんだ」
「私も、前にクラスメイトが貸してくれて好きになったんだ…」
「いい歌詞だよな」
「私はメロディが好きだな。その曲は特にサビでミのシャープが3度でてきてる辺」
「へぇ、絶対音感なんだ」
「絶対って程でもないけど…」
「でもすごいよ。俺にはわからないから…」

無駄話は先生にとがめられそうなのであまりしなかった。

「今日は授業もないのでもう解散です。でも今新入生が体育館で入学式を行っているので各自、静かに部活勧誘の準備に入ってください」

この学校は大学の様な部活勧誘で有名だ。ちょうど一年前の俺はそんなことを知らなかったので、なんの備えもして行かなかった結果、人混みに晒されてボロボロになり、手にはいっぱいの勧誘をプリントを持たされた。この思い出は1年で一番のトラウマになった。

アツい部活とは違い、天文学部は部活勧誘なんてしない。人が増えたところでなんのメリットもデメリットもないから、わざわざ人混みをつくりになんていかない。学校から既に暇を出された俺は自転車を取り、そそくさと正門に向った。

体育館に繋がる渡り廊下に飾られたピンク色チューリップは風に揺られてモンシロチョウを誘っていた。

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