快晴

きなこもちらーぜ

第1話 桜の咲いた坂道を

ソメイヨシノが微かにかぐわう坂を登りきった先、生暖かい風に背中を押されて、正門を自転車で通り抜けた。額ににじんだ汗が少し体温を下げてくれる。
今日から新年度である。
平凡な一年を過ごした俺は無事に2年に上がることが出来た。

「来る時間ミスったな…」

独り言をこぼした目線の先は、クラス発表の掲示板に自分の名前がないかと探す男女で大賑わいだ。
新年度だから気合いをと意気込んだのを少し後悔する。

「お前何組だった?」

いきなり声をかけてきたのは同じクラスだった寺内。

「まだ見てねえよ」
「じゃあ見にいこーぜ」
「しゃーねーな」

寺内のことばに内心ホッとした。正直この群衆の中に一人で突っ込むのは無理がある。いきなりぼっち扱いを受けるのは御免だ。

「お前の名前あったぞ!4組だって」

何故こうも俺の名前を見つけるのが早いのだろうか。誰と行っても俺より先に俺の名前を見つけられてしまう。ささやかな楽しみが奪われた俺は反撃をこころみる。

「寺島寺島…。
あった寺島。お前は1組だって」
「あーあ、一緒のクラスになれなかったな」
「仕方ねえよ。だってお前は文系だし俺は理系だし」
「うーん…」

廊下を歩きながら誰がどこの組だの担任が誰だの他愛たあいの無い会話をしている内にクラスの前に着いた。

「んじゃ」

扉の前に立った時にふと緊張感がやってくる。ドアのバーを掴む。アルミ製のバーはてのひらの温度を奪う。身体が引き締まる。

——さあ、いざ行かん!!

そう思って開けた扉の先の席は、案外半分ほどしか埋まっていなかった。

「座席表、後ろにあるから見とけよー」

そう言ったのは、去年、俺の担任であり1年4組の担任であった矢坂やさか先生。
指示通りに後ろの黒板に貼られたプリントを見る。今年も真ん中の列の中央辺りだ。
名前のせいか、出席番号順のこの席の決め方では、ほとんど真ん中の列になる。

少し時間が経って、全員席に着いたがあまりおしゃべりはない。2年とはいえ高校生。思春期真っ只中の我々は、特有の「人見知り」スキルを発動する。俺はその場しのぎの「ねぇねぇ、〇〇君って何の教科が得意なの?」とか「去年何組だったの?」とかのくだらない話をするくらいなら喋らない方が何倍もマシだと思う。

「えーと、今から体育館で始業式があるので、各自体育館に向かってください」

長かった沈黙を破ったのは矢坂先生。何か呪文が解けたように皆ざわめきを取り戻してぞろぞろと体育館に向かった。

今年からこの高校にやってきた校長は髪もユーモアもある面白そうな人だ。話が短い校長に悪い人はいない。多分。
校長の次に生徒指導の頑固そうなハゲ親父がそそくさ出てきて長話を始める。春は気を引き締めろとか新入生に先輩らしい立ち振る舞いがどうとか。もう毎年同じ話しか出来ないならプリントで配って欲しい。

お決まりの校歌斉唱。俺は歌うのは歌う。声は小さいけど。でも、周りの歌っている時に駄弁る奴らよりは俄然がぜんまともだろう。

長かった始業式は終わり、体育館の出口は我先にと急ぐ男子達でぎゅうぎゅう詰めだ。

「お前、また矢坂のクラスらしいね」
「なんだかんだ結構嬉しい」
「いーなー。んで、可愛い子はいたの?」

後ろから声をかけてきたのは同じ中学だった宮永。そこまで仲が良い訳ではないが暇つぶし程度に適当に答える。

「いや、あんま見てなかったわ」
「えー...。
じゃパッと目に入ってくるほど可愛い子はいなかったってことだな」

よくそんな破綻した思考になるなつくづくと思う。

「そうかもな…」

少しずつ減った人混みに紛れてクラスへと戻った。

「改めまして。2-4の担任になりました矢坂雄也ゆうやです。数学の担当です。えー年齢は42です。これからよろしく」

少し緊張したような面持ちの矢坂は準備してきた進行の流れを思い出すように話を続ける。
「えーじゃあまず一人ひとり自己紹介を…いや、隣の人と自己紹介し合ってからにしよう」
「隣の人ととりあえず名前だけで良いので自己紹介し合ってくれ」

どうせもう一度クラス全員の前で紹介するのに何故隣の人とまず紹介し合うのかはなはだ疑問に思うが去年と同じなので、仕方なく従う。

「えーと。夏目遥樹なつめはるきです」

俺が先に名前を言って安心したのか隣の人は少し頬を緩めた。

橘結菜たちばなゆいなです。よろしくお願いします」

歯を見せて笑ったその少女の顔から何故か目をらしてしまった。少女の後ろの窓からは春の快晴がガヤガヤと賑わう教室全体をのぞいていた。

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