青い空の下の草原にスライムの僕は今日もいる
4話 虹色の涙
僕の前から草原いっぱいに光の波が走ってから、その生き物達はまた息を潜めていた。
僕の側にいるチビすけ達も全然動かない。
でも時々、キラッとプリズムのように、日の光を反射して、草原のあちこちに虹色の小さな、20~30cmくらいの生き物が姿を現していた。
1匹? が光ると、並んで固まっている仲間が、やっぱりそれに連鎖して次々と反応して光っていく。
これは彼らのコミニュ―ションだろうか?
これが瞬時に、群れている他のグループに大連鎖をすると、さっきのように光の輪や、草原を虹の波になって埋めるのだろう。
「プッキュ……」
どこかで一匹が、また緊張に耐えられないように、鳴き声を漏らした。
僕の近くのチビ達は、透明なまま、まだ頑張って動かないでいたが、遠くにいる群れの中には、自分勝手に動き出すのが現れ始めた。
何か透明だった体に、ほんのり色が浮かんできているのもいた。もう僕にバレバレだが、もういいらしい。
そして次第に色が濃くなってくると、その体の形がはっきりとした。丸い!
「キュッ」
「ピッ!」
「キュィ」
「ピピ」
あちこちで、さかんに鳴き声を交わし始めて、するととたんに、蒼い草原にステルスを解いた彼らが、一斉に姿を見せてきた。
あれだ。小鳥小屋の前に行くと、賑やかに鳴いていたのがピタッと静かになって、小鳥達に警戒されて悲しくなるけど、じきにまた活発に飛び回るようになってくれてホッとする。あの感じを僕は思い出した。
突如河から現れた僕を、みんなで驚いていたんだね。
(ふわあ……)
僕は身構えていた怖さをすっかりと忘れたように、草原のあちこちで、思い思いに動き始めている彼らに、完全に魅了されると心を囚われてしまっていた。
美しい草原に、まるで色とりどりの命あるキャンディを、ばら撒いているように思えたからだ。
「綺麗だなあ。それに」
「みんな、めっちゃ可愛いスライムだぞっ!!!」
草原にいて、僕を囲んでいた生き物達は、形や大きさこそ僕と違うけど、まさに僕のイメージするスライムそのもの達だった。
どの個体も、基本、楕円形の大福みたいな形だが、ほとんどの子がハムスターのように、生き生きと草原を動き回っている。
体色は、一匹一匹とにかくカラフルで、無い色が見当たらないくらい個性的だった。
青、赤、ピンク、茶に灰色と白。僕と一緒の緑色。黒、紫、24色の絵の具セットで足りない、混ぜなくちゃ出ない色もある。
身を寄せ合って、陽射しを浴びながら固まっている子達や、一列縦隊で黙々とどこかに進んでいる子達。
別に同じ色同士で集まるみたいなのはないようだ。
ニュッと丸い体を伸ばして、何か草の葉っぱを観察? している子や、他の子にわざとぶつかって、ちょっかいをかけているのもいる。
とうとう何匹かが追いかけっこを始めた。意外と素早い。おっ! 跳ねたっ!
「こんなにたくさん、ここにいたのか」
いきなり川から出現した、この異なる巨大な物体に、警戒をして隠れていたんだな、と分かると僕は何か申し訳なくなったが、初めにこの草原に感じた平和的な空気は、この小さなスライム達のものだったと、はっきりと思った。
うん。しかし。
この子達と僕は同じ生き物の仲間の認識でいいんだろうか?
このスライム達は、この草原、この…… たぶん世界の元からの生き物。僕は元々人間で、事故に遭って気がつけばこの草原に来ていた。そしてこの姿に変身していた。
その特徴的な物。カラフルでプルンとした表面と、独特の造形様式。他の生き物よりスライムとしか言いようのない、このルックス。
僕と彼? 彼女らにはスライムとしての、代表的な特徴の共通点が共に確実に備わっているが、大きさがまずまったく違うな。
「悩ましいね。スライムでも全然種類が違うとかか?」
だいたい、僕が勝手にスライムと決めつけているが、スライムはキャラクターで、似ているだけでもっとこう、全然違う生き物かもしれんし。
それと…… こんな、僕みたいな、あれやこれや考えている、自意識とか、小さいけれどやっぱりあるのかなあ。知能みたいのは、この子達すごく高そうな気がする。僕は自信が無いね。
そんな事を思っていたら、首を上げて草原を眺めている僕の胸に、そうっと触れて来る、小さくて柔らかい感触を感じた。
「キュッ?」
「……」
僕のすぐ側にいたチビスライム達も、ステルスがなくなり、くっきりとその姿が見えていた。一匹が丸い体から、一本の細い触手を伸ばして、おずおずと僕の胸に触れていた。
この子は特に体色が個性的で、クリーム色の表面に、黒豆を埋めたように小さな斑点が、いくつかついていた。
横にいた仲間も、そろそろと僕を窺いながら体を持ち上げている。
怖いながら、岸に打ち上がって伸びていた僕に、このデカいの何者じゃい? とこの子達は偵察に寄って来ていたのかな。
(僕と…… 人間と一緒の目だ)
つぶらな、それはキラキラと好奇心と相手への親愛に満ちている、未知への期待に溢れた、人間の幼い子供の、自分達に加わって来た新しい友達を見る瞳と変わらないものだった。
みんな(大きいお兄ちゃんはどうやってここに来たの?)と言いたげな顔に見えた。
コバルト色の子。あんこ色の子。レモンイエローの子に、まだたくさんいる。みんな僕を見つめている。
僕に触れていた、黒豆チップの子が、そっと手を放すと、僕の顔にすうっと差し出して来ようとした。……届かないね。
「ぼっ、僕はここに」
手、僕の手は、あるか? 目は伸びたんだし!
意識して集中すると、肩、首の体の区分がまだ僕自身曖昧なので、どこからが肩と言えるか分からないが、そう感じる部分から、出たっ!
ムニョッとコブが肩の表面から最初に出て、僕はさらに意識して、それは太く突き出していく。
ゆっくりと、そろそろと彼らを脅かさないように、グニョーッと伸ばしていくと、黒豆チップの子は待っていてくれた。
ピタッとお互いのそれが、くっついた。
黒豆チップの子の目が、はにかんだように細くなり、周りの子達も…… 確かに笑っている。
この子達には、感情がある。知性も…… 。
「……僕は…… どうやって…… どうしてここに…… 君達の所に来ちゃったのか、分からないんだ。でも」
僕は死んだ。
「僕の何か、心が…… 魂みたいなのが誰かにここに呼ばれたのかなあ」
しばらく、くっつけ合った手からは僕の心の中へ、暖かい…… 優しい感情が流れて伝わって来た。僕はそれを受け止めて、心のタガが急に緩んでしまったのが分かった。
死んだ。僕は…… やっぱり死んだんだ。何も悪い事はしていないのに。見ず知らずの他人に、無責任に命を奪われた。
ただいつもどおり、真面目に仕事に出勤しようとしていただけなのに。
父さんと母さんからは、人に迷惑をかけてはいけないと、嘘をついちゃいけないって、勉強の成績なんてたいして言われた事もない、自由に伸び伸びと育てられて、それだけは厳しく注意されて来た。
母さんは、暴力や、理不尽に人を傷つける事を一番嫌っていた人だった。
僕は、それだけはしないと、どんな時も母さんの言いつけを守ってきたのに。なのに何で僕が、あんな乱暴な運転の車に。
「ウッ。ウウ…… うわぁぁぁ」
大人になって泣くなんて、いつ以来だろう。
二十歳で失恋した時が最後かな。
「ウッウッ。ぐふうう……うわあああ」
スライムになった僕の二本の目から、涙はとめどなく流れ落ちて、僕は泣くのをやめる事ができなかった。
何もかも全部変わった僕の体。
涙は、人間の時と同じ物だった。
鮮やかなライムグリーンの、一匹の大型スライム。
急に泣き出した彼を取り巻いて、その周りにチビスライム達が続々と集まると、手を伸ばしてその大きな、震えている体を優しく撫でてやっていた。
その様子を、霧の向こう、草原の奥の小高い丘の頂上から、何匹かの大型スライムが、ジッと見つめ続けていた。
僕の側にいるチビすけ達も全然動かない。
でも時々、キラッとプリズムのように、日の光を反射して、草原のあちこちに虹色の小さな、20~30cmくらいの生き物が姿を現していた。
1匹? が光ると、並んで固まっている仲間が、やっぱりそれに連鎖して次々と反応して光っていく。
これは彼らのコミニュ―ションだろうか?
これが瞬時に、群れている他のグループに大連鎖をすると、さっきのように光の輪や、草原を虹の波になって埋めるのだろう。
「プッキュ……」
どこかで一匹が、また緊張に耐えられないように、鳴き声を漏らした。
僕の近くのチビ達は、透明なまま、まだ頑張って動かないでいたが、遠くにいる群れの中には、自分勝手に動き出すのが現れ始めた。
何か透明だった体に、ほんのり色が浮かんできているのもいた。もう僕にバレバレだが、もういいらしい。
そして次第に色が濃くなってくると、その体の形がはっきりとした。丸い!
「キュッ」
「ピッ!」
「キュィ」
「ピピ」
あちこちで、さかんに鳴き声を交わし始めて、するととたんに、蒼い草原にステルスを解いた彼らが、一斉に姿を見せてきた。
あれだ。小鳥小屋の前に行くと、賑やかに鳴いていたのがピタッと静かになって、小鳥達に警戒されて悲しくなるけど、じきにまた活発に飛び回るようになってくれてホッとする。あの感じを僕は思い出した。
突如河から現れた僕を、みんなで驚いていたんだね。
(ふわあ……)
僕は身構えていた怖さをすっかりと忘れたように、草原のあちこちで、思い思いに動き始めている彼らに、完全に魅了されると心を囚われてしまっていた。
美しい草原に、まるで色とりどりの命あるキャンディを、ばら撒いているように思えたからだ。
「綺麗だなあ。それに」
「みんな、めっちゃ可愛いスライムだぞっ!!!」
草原にいて、僕を囲んでいた生き物達は、形や大きさこそ僕と違うけど、まさに僕のイメージするスライムそのもの達だった。
どの個体も、基本、楕円形の大福みたいな形だが、ほとんどの子がハムスターのように、生き生きと草原を動き回っている。
体色は、一匹一匹とにかくカラフルで、無い色が見当たらないくらい個性的だった。
青、赤、ピンク、茶に灰色と白。僕と一緒の緑色。黒、紫、24色の絵の具セットで足りない、混ぜなくちゃ出ない色もある。
身を寄せ合って、陽射しを浴びながら固まっている子達や、一列縦隊で黙々とどこかに進んでいる子達。
別に同じ色同士で集まるみたいなのはないようだ。
ニュッと丸い体を伸ばして、何か草の葉っぱを観察? している子や、他の子にわざとぶつかって、ちょっかいをかけているのもいる。
とうとう何匹かが追いかけっこを始めた。意外と素早い。おっ! 跳ねたっ!
「こんなにたくさん、ここにいたのか」
いきなり川から出現した、この異なる巨大な物体に、警戒をして隠れていたんだな、と分かると僕は何か申し訳なくなったが、初めにこの草原に感じた平和的な空気は、この小さなスライム達のものだったと、はっきりと思った。
うん。しかし。
この子達と僕は同じ生き物の仲間の認識でいいんだろうか?
このスライム達は、この草原、この…… たぶん世界の元からの生き物。僕は元々人間で、事故に遭って気がつけばこの草原に来ていた。そしてこの姿に変身していた。
その特徴的な物。カラフルでプルンとした表面と、独特の造形様式。他の生き物よりスライムとしか言いようのない、このルックス。
僕と彼? 彼女らにはスライムとしての、代表的な特徴の共通点が共に確実に備わっているが、大きさがまずまったく違うな。
「悩ましいね。スライムでも全然種類が違うとかか?」
だいたい、僕が勝手にスライムと決めつけているが、スライムはキャラクターで、似ているだけでもっとこう、全然違う生き物かもしれんし。
それと…… こんな、僕みたいな、あれやこれや考えている、自意識とか、小さいけれどやっぱりあるのかなあ。知能みたいのは、この子達すごく高そうな気がする。僕は自信が無いね。
そんな事を思っていたら、首を上げて草原を眺めている僕の胸に、そうっと触れて来る、小さくて柔らかい感触を感じた。
「キュッ?」
「……」
僕のすぐ側にいたチビスライム達も、ステルスがなくなり、くっきりとその姿が見えていた。一匹が丸い体から、一本の細い触手を伸ばして、おずおずと僕の胸に触れていた。
この子は特に体色が個性的で、クリーム色の表面に、黒豆を埋めたように小さな斑点が、いくつかついていた。
横にいた仲間も、そろそろと僕を窺いながら体を持ち上げている。
怖いながら、岸に打ち上がって伸びていた僕に、このデカいの何者じゃい? とこの子達は偵察に寄って来ていたのかな。
(僕と…… 人間と一緒の目だ)
つぶらな、それはキラキラと好奇心と相手への親愛に満ちている、未知への期待に溢れた、人間の幼い子供の、自分達に加わって来た新しい友達を見る瞳と変わらないものだった。
みんな(大きいお兄ちゃんはどうやってここに来たの?)と言いたげな顔に見えた。
コバルト色の子。あんこ色の子。レモンイエローの子に、まだたくさんいる。みんな僕を見つめている。
僕に触れていた、黒豆チップの子が、そっと手を放すと、僕の顔にすうっと差し出して来ようとした。……届かないね。
「ぼっ、僕はここに」
手、僕の手は、あるか? 目は伸びたんだし!
意識して集中すると、肩、首の体の区分がまだ僕自身曖昧なので、どこからが肩と言えるか分からないが、そう感じる部分から、出たっ!
ムニョッとコブが肩の表面から最初に出て、僕はさらに意識して、それは太く突き出していく。
ゆっくりと、そろそろと彼らを脅かさないように、グニョーッと伸ばしていくと、黒豆チップの子は待っていてくれた。
ピタッとお互いのそれが、くっついた。
黒豆チップの子の目が、はにかんだように細くなり、周りの子達も…… 確かに笑っている。
この子達には、感情がある。知性も…… 。
「……僕は…… どうやって…… どうしてここに…… 君達の所に来ちゃったのか、分からないんだ。でも」
僕は死んだ。
「僕の何か、心が…… 魂みたいなのが誰かにここに呼ばれたのかなあ」
しばらく、くっつけ合った手からは僕の心の中へ、暖かい…… 優しい感情が流れて伝わって来た。僕はそれを受け止めて、心のタガが急に緩んでしまったのが分かった。
死んだ。僕は…… やっぱり死んだんだ。何も悪い事はしていないのに。見ず知らずの他人に、無責任に命を奪われた。
ただいつもどおり、真面目に仕事に出勤しようとしていただけなのに。
父さんと母さんからは、人に迷惑をかけてはいけないと、嘘をついちゃいけないって、勉強の成績なんてたいして言われた事もない、自由に伸び伸びと育てられて、それだけは厳しく注意されて来た。
母さんは、暴力や、理不尽に人を傷つける事を一番嫌っていた人だった。
僕は、それだけはしないと、どんな時も母さんの言いつけを守ってきたのに。なのに何で僕が、あんな乱暴な運転の車に。
「ウッ。ウウ…… うわぁぁぁ」
大人になって泣くなんて、いつ以来だろう。
二十歳で失恋した時が最後かな。
「ウッウッ。ぐふうう……うわあああ」
スライムになった僕の二本の目から、涙はとめどなく流れ落ちて、僕は泣くのをやめる事ができなかった。
何もかも全部変わった僕の体。
涙は、人間の時と同じ物だった。
鮮やかなライムグリーンの、一匹の大型スライム。
急に泣き出した彼を取り巻いて、その周りにチビスライム達が続々と集まると、手を伸ばしてその大きな、震えている体を優しく撫でてやっていた。
その様子を、霧の向こう、草原の奥の小高い丘の頂上から、何匹かの大型スライムが、ジッと見つめ続けていた。
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