青い空の下の草原にスライムの僕は今日もいる

野良スライムの人

2話 変身

 必死に水面に浮き上がり、どう泳いだのか、もがいたのか。いつの間にか僕は陸地、岸に頭から体を乗り上げていた。

 お腹に柔らかく砂地が当たって、どうやらもう溺れることはなさそうだ。しばし僕は動かなかった。
 ああ死ぬかと思った。
 そろそろ立つか。立ち上がれるか? 泳げたら大丈夫だろう。
 
 手をつこうとすると、なにか感覚がおかしい。ムニョンと左右の肩のあたりが、盛り上がってうねった感触がしたが、それっきりだった。
 足は…… 。
 右足。左足。動かしたつもりが、下半身がぐねった。
 背中、持ち上がる…… !
 おお!!

 顔と言うか頭全体が重く、首の後ろ全体をフルに使って背中も伸ばすと、やっと持ち上げることができた。

(うわあ!)

 高く上がった僕の視界に、鮮やかな緑色の草原が広がっていた。
「すごい……」

 綺麗な、本当に美しい、萌える青い色の背の低い柔らかそうな草が、風に吹かれてザーッとさざめいている。
 小さな色とりどりの可愛い花も、所々に咲いている。

「……」
 僕はこんな風景は絵葉書や、想像の世界の中の物だと思っていた。
 呆然となりかけて、ハッと違和感に気がついた。

 いや。この姿勢。たしか90度の直角上体反らしになってるはずで、普通キツくないか? けれど妙に安定している気もするけれど。

 ちょっとちゃんと座り直したい。

 座る…… どうやって? 上体を立てたままで、後ろにズラシていってみる。まんま下半身に乗って、折りたたんで重なるようになっていくと、お腹がめくれて見えてきた。
 布団じゃあるまいし器用な体だなあ。厚みがほどよくあり、黄緑色のお餅のような体。

 黄緑色? 草原に負けない鮮やかな黄緑色の、自分のお腹をジッと見下ろして、僕はつぶやいた。

「スライムかよ……」

 上体をひねってみた。
「おおおお?」
 苦も無く雑巾をしぼるように、何重にも回ってよじれる。……これは維持するのはちょっと苦しいな。ってオイッ!!!

 急旋回で戻して、そっと後ろ向き、自分のお尻を見てみた。丸い。人のお尻も丸い。
 でも僕の今のお尻は割れていない。どう見ても餅かスライムのように丸い。

 何かおかしい。いや…… おかしくない所が無いくらい明らかにおかしい! 僕の体はどうなってしまったんだ。
 少しためらったが、心の躊躇の振り子が、ガシッと一方に振り切れた。
 
 もうはっきり見たい。

 自分の全身像をだ! そう強く思ったら顔を動かしていない、首も伸ばしていないのに、視点が上にみるみると上がっていく。
 どうなってんだよ。目を片方ずつ動かして、とほほ。
 これ…… 僕の目。二本突き出しててカタツムリの目じゃねえか!!! 

 何、棒みたいに伸びてんだ! 触手みたいに曲がっていくなっ。僕の目っ!! 便利だけどっ!

「ああ……」
 自撮り棒につけたカメラで、真上から見るがごとく、自分の全身を丸ごと、隅々までじっくりと眺めて確かめてから、僕はうめいていた。

 ナマコ。おそらく全長がかるく5m以上はある、知っている生き物で言えばナマコか、それかお化けナメクジ。

 呆然として力が抜けると、僕の紡錘形の体は、その体の線を崩して広がり、扁平な饅頭のように、ほぼ丸くなってしまった。
 そうなると完全に、実在はしないがゲームやマンガに出て来る…… 。
 僕は本当に、ライムグリーン色をした巨大なスライムになっていた。


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