第二話　　日常の始まり

　瞼の奥に光を感じて、俺は、目が覚めた。
　知らない天井だ。
　俺は・・・生きてるのか？　てっきりトラックに潰されて死んだと思ったんだが・・・
　ここは・・・病院？
　俺は高級そうなベットに寝ていた。出るのが嫌になるくらいふかふかなベだったので、そのまま寝てしまおうかと思ったが、そうもしてられないと徐にベットから降りると、俺のものと思われる靴が置いてあった。
　何処かの建物の一室みたいだが、日本の建物ではないらしい、少なくとも病院ではない。
　外を見よう。場所がわかるかもしれない。
　窓の外を見た俺は、その風景に動けなくなってしまった。
「どこだよ・・・ここ・・・」
　外には街が広がっていた。いや、ただの街じゃ無い。道も建物も殆どが石レンガでできているように見える。その道を走っているのは車ではなく馬車だ。
　日本ではない。いや、この景色を見られるのは世界中でもごく一部だろう。
　驚いて一歩下がった時、窓に映った自分を見てまた固まってしまった。
「誰だよ・・・俺・・・」
　髪の毛の色は赤く、それでいて違和感を感じさせない顔立ち。
　後十年もすれば立派なイケメンだろう。そう、今の俺は、どうみても子供なのだ。
　死んだと思って目が覚めたら、目の前に見知らぬ街が広がり、前の面影など全く残っていいない子供になっていたのだ。
　もう現状を説明する答は一つしかない・・・。

　俺・・・転生しちゃった！！！

　ラノベを読んできたので状況は理解できる。
　異世界に行ってみたいと思ったこともある。
　だが、実際に転生してみると不安でしかない。
　全身の力が抜けるようにその場に座り込んでしまった。
　それと同時に部屋の扉がノックされた。
「オルトお坊ちゃま、入ってもよろしいでしょうか」
　若い女性の声がした。
　オルトとは俺のことだろうか。
　このまま無視しても怪しまれるだけなので、部屋に入れることにした。
　ドアから入ってきたのはメイド服を着た二十歳くらいの女性だった。
「オルトお坊っちゃま、お初にお目にかかります。今日付でお坊ちゃまの専属メイドになりました、アスラと言います。身の回りの事はお任せ下さい。早速ですが、食事の準備ができましたので、食堂にご案内します。」
　食事と聞いて自分が空腹だと気づいた。この部屋の外も気になるのでわかりましたと答えた。

　部屋を出た俺は、アスラさんと手を繋いで食堂へ案内されている。
　とっても恥ずかしい。十六にもなって歳上と手を繋いで歩くとは思わなかった。
　だが、今俺の見た目は五、六歳がいいところである。
　ならば、それ相応の行動をしないとおかしく見えてしまうかもしれない。
　手を放したくなるのをなんとか我慢し、廊下を歩いている。
　それにしても廊下が広い、長い。
　幅は、大人が横一列に五人並んでも余裕があるし、長さは、五十メートル走ができるくらいである。
　窓の外にある家でこれほど大きいと感じたものはなかったのでこの建物が一番大きいのだろう。

「お坊っちゃま、どうぞお入り下さい。」
　しばらくすると、少し大きな両開きの扉を、片方ずつ丁寧に開けたアスラさんがお辞儀をしながら言った。
「ありがとうございます。」
　連れてきてもらったことに、お礼を言いながら食堂と思われる部屋に入った。

　食堂には大きいテーブルと、その上に六人分の料理がある。
　アスラさんが左側の一番手前の席の椅子を引いて、座るように諭してきたので、そこに座り、しばらく待っていると、先程俺が入ってきた扉から少し煌びやかな服を着た男性が入ってきた。　
　入って来るや否や、食堂にいるメイドが一斉にお辞儀をした。その光景に驚いてみていると、その男性が話し掛けてきた。
「オルト、誕生日おめでとう。今日から五歳だったな。いままで何事もなく育ってくれて、お前の父として喜ばしく思うぞ。」
　この人が俺の父さんか。なんか不思議な感じがするけど、これからは、この人にお世話になるんだな。
「はい！ありがとうございます。」
　俺の返事に満足したのか、父は一番奥の席へと座った。
　次に入ってきたのは、今の俺よりも年下の女の子と手を繋いでいる女性だった。
　父の時と同じやり取りをして、この女性が母だと知った。女の子は妹だと思う。
　ああ、そういえば結衣はどうしてるかな？
　前の世界を思い出していると、十歳くらいの男の子二人に声をかけられた。
「オルト、誕生日おめでとう。今日で五歳だな。これから頑張れよ。」
「オルト君、誕生日おめでとう。僕はあと三年だけど、これから一緒に頑張ろうね」
　恐らく、この二人は兄なのだろう。しかし、頑張れとかあと三年とかなんのことだろうか？
「ありがとう兄さん。僕、頑張るよ」
　どうやら二人を兄と推測したのは正しかったらしい。
　特に何かあるでもなく二人は席に着いた。
　今日からこの人達が家族になるんだな。
　俺は前の世界の未練を忘れて生きていくことを決意した。