究極の融合術師 ~勇者も魔王も吸収し異世界最強~

神庭圭

第2話 魔法の本+エロ本

 重たい扉を開くと、ギィイインという耳障りな音がした。それと同時に、古い図書室のような、心地よいかび臭さが鼻を撫でる。恐る恐る立ち入ると、ブォっという音と共に、部屋に明かりが灯った。

 天井を見上げれば、白い水晶を軸としたランタンのような物がぶら下がっている。
 照明用のマジックアイテムのようだ。この世界では《魔術式》と呼ばれる、俺達の世界で言うところのプログラムのような物が存在する。この《魔術式》はそれ自体が膨大なデータを持ち、魔力を込めるだけで様々な効果を発揮する。

 恐らくあのランタンには『人が入ってきたら光る』という魔術式が込められていたのだろう。

 俺は視線をランタンから部屋に移す。

「思ったより狭いな」

 部屋は中央に背中合わせにされた古ぼけた木製本棚が二つ。奥のほうに机と椅子。その横には引き出しが置かれていた。
 その家具たちの色や形は様々で統一されておらず、様々な場所から買ってきた、或いは拾ってきたのであろうことが想像出来た。いや、あの魔人のことだ。盗んできた物かもしれない。

 そう思いながら、箪笥の引き出しを開く。

「お、思ったとおり。服があるぞ!」

 魔人ブリトラは殆ど人に近い形状をしていたし、服装も多少派手だったが人間のものと大差は無かった。期待通り、一通りの服は揃っているようだ。

 俺はゆったりとした白いズボンと靴を装備。シャツのようなものは無かったので(そういえばブリトラも着ていなかった)、上半身は裸の上からマントを羽織る。地球に居たら確実に職質だろうが、まぁ異世界なら問題ないだろう。

 丁度置いてあった姿見で自分の姿を確認する。うん。さならが物語に登場する魔術師のような風貌である。

「さて、次は食料だが……うえぇ」

 部屋には冷蔵庫に該当するものは無かった。まぁ当たり前である。食料と思われる物は机の上においてあった。大小さまざまな瓶の中に、トカゲとか蜘蛛とかが、黄色い液体に漬けてある。その様子は理科室のホルマリン漬けを思い出す。とても食欲をそそらえるものではなかった。

「確か、俺って食事しなくても大丈夫だったよな?」

 最初の説明で、俺達召喚者は食事をしなくても、代わりに魔力を消費することで数日は活動できると教えてもらった。それは魔力が本来《生命エネルギー》であるためだ。逆に言えば、食事をしたり寝たりすることが魔力を蓄える方法である。つまり空腹によるカロリー栄養不足を魔力で補っている間は、失った魔力を補填できない。

「しかも、栄養とらなくても大丈夫なだけで、空腹感は消えないんだよな」

 すなわち、非常に厳しい状態となるわけだ。これは早めに脱出する必要がある。外に出れば動物を狩ったり川で魚を捕まえて食事が出来る。だが、その前にやっておかなくてはならない事がある。

「地図は。地図は無いか!」

 俺は机を漁り、この洞窟の地図がないか探した。この洞窟は天然の迷路である。
 そして、強力な魔物も存在している。確かに俺は今強力な力を持っているが、所詮一人。入ってくるときはクラスメイトの探索スキル持ちが居たのだが、今は居ない。
 この世界では妙なトラップやヤバイモンスターに遭遇した瞬間に死ぬ。そんな事故を防ぐためにも、できれば地図が欲しいところだった。机の中には無かったので、次に本棚に目を通す。

「う~ん、ありそうなもんだけどな。地図」

 ブリトラはこの洞窟をアジトにしていた。何度も出入りしている間に道は覚えるかもしれないが、それでも最初の頃は地図を頼りにしていたのではないか?という考えの元、俺は一心不乱に地図を探した。

「こ、これは……まさか!?」

 地図を探していた俺は、とある本に目をつけた。表紙には際どい衣装を着た女性エルフが描かれていた。いや、絵ではない。これは紛れも無く写真といっていいだろう。間違いない。これは異世界のエロ本だ!
 非常に興味深い。とりあえず、中を確認する必要があるだろう。これはスケベ心ではなく、エルフの生態を理解するための勉強なんだ。ほら、タイトルにも《巨乳エルフちゃんのはずかしい秘密の場所》と書いてある。奴等の体の情報を隅々まで知っておかないと、いざ戦闘になったとき、困るだろう?

「さて……では見させてもらうか。異世界のエルフの実力とやらを。うわっ、おっぱいデカっ!?」

 その時。ガタリ……がっしゃーんと音を立てて、本棚が崩れた。どうやら俺が本を適当に抜きすぎたせいで、本棚内の重さのバランスが崩れてしまったらしい。それにしたって、脆すぎるが。

 雪崩の様に流れてきた本に埋もれていた俺は、もがいて脱出する。すると、丁度目の前で広がっていた本が目に入る。図鑑よりもさらに一回り大きい立派な本だったが、ページは真っ白で何も書かれていなかった。不思議に思っていると、真っ白だったページに突如文字が浮かび上がってくる。

『――どのような物語をお探しですか?』

 と、書かれていた。なんと日本語で。これはどうすればいいのか。とりあえず本に向かって言ってみる。

「えっと、どんな仕組みなのかな?」

『この本には数百を超える物語が収録されております。その中から選ばれた物語に本全体が変身する魔法の書でございます』

 なるほど。つまり、俺が好みを言えば、この白紙のページがその物語に早変わりという訳か。異世界のキンドルといったところか。コイツは……使えるんじゃないか?

 例えば。

 ここにある全ての本をコイツに融合して、この魔法の本の収録内容にしてしまえば? 後は俺が言うだけで、必要な情報を引き出せる、擬似的な情報端末になるのでは?

「やってみる価値はあるか……」

 さっそく、進化した超融合の出番と言うわけだ。俺は《超融合》を発動させる。ベースとなるのはこのデカイ本。吸収するのは周囲の書籍全て。

「発動せよ――超融合!!」

 崩れ落ちた大小ジャンル様々な本たちが光の粒子となって、一冊の本へと集約されていく。やがて、ベースとなった不思議な本にも変化が見られる。大きさが一回り小さくなり、学校の図書館によくある図鑑ほどの大きさとなった。
 さらに、カバー部分が分厚い金色に変わり、かなりゴージャスな見た目となる。そして何より驚いたのは、ぷかぷかと浮いている事。

『――リンク接続。本書のデータをマスター《壱外澪里》の意識へリンク……接続中……接続中……リンク完了』

 本は勝手に開き、真っ白なページに文字を表示する。

『――おめでとうございまーす。魔道書《貴方の百物語》は、《天の魔道書》へと進化しましたよー! いえーいパチパチ』
「進化?」

 これがリンク完了ということなのか、魔道書からゆるい感じの女の声が聞こえてきた。俺はさっきのままでも良かったのだが、思いもよらぬ方向へとパワーアップしたらしい。だが、読み上げてくれるのは便利だ。

『――EXスキル《超融合》は融合素材を融合し、その能力を強化・拡張、使用者の望む方向へと進化させるスキルです。わたくしは澪里様の異世界生活をサポートすべく、よりガイドとしての能力が向上した形態へと進化しました』

 なるほど。融合後の姿や能力は合体前の能力も重要だけど、より俺の望む方向へと進化させてくれるって事か。まるで生き物のように空中を浮遊する天の魔道書を見て、うんうんと頷く。

「じゃあ、ちょっと調べたいことがあるんだけど」
『――畏まりました。なんなりと。なんなりとお申し付けくだいまし』

 と言いながら、こちらにふわふわ近づいて、本の中身を見せてくれる。持たなくていいというのは、非常に便利だ。

「教えてくれ天の魔道書」
『――いやですわ澪里様。天ちゃんでいいですよ?』
「あ、そう?」

 やり辛いなコイツのノリ。まぁいいか。ちょっとは寂しさも紛れるだろう。

「天ちゃん。この洞窟の地図を表示できるか?」
『――でっきまーす! ほいっ』

 気の抜けた返事の後、真っ白だったページに地図が表示される。どうやらかなり広く深く、蟻の巣を思わせる程に複雑な洞窟のようだ。来たときは探索系スキルを使えるクラスメイトの後をついて来ただけだったから、気が付かなかったようだ。だが、こうやって地図さえあれば、脱出には3日程度でいけるだろう。俺は本をぱたりと閉じる。

「お、本を閉じると黙るのか。こりゃ好都合だ。しめしめ」

 食料問題の為に今すぐにでも出発したいと言ったが、その前にやっておくことがある。俺はエロエルフちゃんの秘密の場所を暴かなくてはならないのだ。

「……って、アレ? 無い。無い!? どこいったエルフのエロ本!?」

 無い。崩れた本棚を片付けつつ一時間ほど探したが、どこにも無かった。そして、次に最悪の展開が頭の中を過ぎる。それを否定したくて、俺は恥を承知で天の魔道書を開き、尋ねた。

「えっと。さっき融合した本の中に、エルフの写真集はあったかな?」

『――えーとぉ。わかりません~。もっと正確にタイトルを教えてくださらないと』

「いや、探せるだろうお前なら。頑張れ!」

『――いや~ん。無茶を言わないでくださいな。それだけじゃ、むり。もうちょっとヒントを!』

「エルフの……ほら。胸部の大きい……秘密な感じの……あったじゃん?」

『――ちょっとよくわからないですねー』

 なんでだよ。わかってくれ。

「……………………巨乳エルフちゃんのはずかしい秘密の場所」

『――あー。融合済みですわねー』

「うわあああああああああああああああああああ」

 俺は地面に倒れた。糞。なんてこった。俺は……なんてことをしてしまったんだあああああ!? エルフのエロ写真集なんて、見たら一生自慢できるレベルの宝具だろうが!? それを、まさか融合して消してしまうなんて。

『――えっと……一応表示できますけど……読みます?』

 天ちゃんが問う。ユルい感じの声に変わりはないが、先程よりも距離を感じるのは気のせいだろうか。

「いや……いい。やめておく」

『――台詞部分、アテレコしてあげましょうか?』

「……っ!? 是非……いや、いい。やっぱりやめておく」

 俺は泣きながら断った。性別は無いのだろうが、女声を発する天の魔道書にエロ本を表示させる勇気は無かった。ていうか、やりづらくてしょうがないだろう?

「俺、脱出したらあの本を作った国に行くんだ……」

 そう決心し、脱出の為の準備に取り掛かるのだった。


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