究極の融合術師 ~勇者も魔王も吸収し異世界最強~

神庭圭

プロローグ+

 広大な森に覆われた古き国、ズイート王国には伝説の秘宝があった。

 長い間、王族によって守られていたその秘宝は、邪悪な魔人によって盗まれてしまった。

 王は焦った。その秘宝《魔の宝玉》は魔物の力を数倍にも引き上げる力がある。それが魔王達の手に渡れば、人間は滅ぼされてしまうかもしれない。兵を派遣しても、下手人の魔人に撃退されてしまう。

 その時。万策尽きたとうなだれる王の前に、一人の美しい魔術師が現れた。彼女は言った。

 「勇者召喚の儀を行うのです。異世界から勇者を召喚し、その者を使役するのです」

 その魔術師の女は王に勇者召喚の方法を授けた。そして、最後に一本の剣を取り出す。

 「これは勇者にしか扱えぬ剣。これを必ず勇者に渡しなさい」

 勇者召喚の為の触媒にも使えるその剣を受け取った王様は涙ながらに魔術師に礼を言う。そしてその夜。70年に一度の三つの満月が重なる夜。ココとは異なる世界への扉が開く夜。勇者召喚の儀はひっそりと行われたのだった。



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 俺、壱外澪里(いちがい みおり)は高校のクラスメイト達40人と一緒に、異世界に召喚された。俺達を召喚したのはズイート王国という国の王様で、なんでも盗まれた伝説の秘宝を魔族から取り返して欲しいとの事だった。もし取り返す事が出来たら、俺達を無事元の世界に帰してくれるらしい。それならと、俺達は了承した。ゲームみたいで面白い! と、皆が浮かれていたのだ。

 そして、説明もほどほどに城の外に放りだされた俺達を待っていたのは、広い森と、不気味なモンスター達。別段仲の良いクラスではなかったが、俺達は生き残る為、再び日本に帰る為、協力をせざるを得なかった。
 徒歩の旅による疲労、初めての野営でのストレス、魔物との死闘。芽生える友情。

 始めはバラバラだったクラスメイト達だが、幾多の困難を乗り越え絆を深め、成長していった。

 そして。

 ついに伝説の秘宝を盗み出した魔人ブリトラを追い詰めた俺達は、敵のアジトである洞窟に精鋭10人で乗り込んだ。洞窟の奥にて始まった最後の戦いも、クライマックスを迎えていた。

「くっ、おのれ、おのれえええ! この私が人間ごときにぃ!?」
「邪悪な魔人よ! これでトドメだ! ――はあああああああ!!」

 暗い洞窟の奥底に響いた断末魔は、勇者・八神茜(やがみ あかね)の持つ聖剣の輝きによってかき消されていく。
 そして、しばしの静寂の後、ドサっという音が聞こえた。敵であった魔人が、地面に力なく倒れたのである。魔人と対峙していた俺達は、しばらくその様子を呼吸も忘れて見守った。

 すると、魔人の体から一つの玉が転がり落ちてきた。ビリヤードの玉ほどの大きさのそれは金色に輝いていて、中には魔法文字が浮かんでいる。

 それは《魔の宝玉》。これこそが俺たちを召喚したズイート王国に伝わる伝説の秘宝であり、目の前に倒れる魔人が盗み去ったものであった。
 竜の宝玉は飲み込んだ魔物を強化する特性があり、もしこのアイテムが魔人の祖国に持ち帰られていれば、大変な事になっていただろう。だが、それを俺達は見事阻止した。

「よっしゃーーー!!」
「ふぉあああああ」
「これで帰れるー!」

「みんなよくやってくれたね。これで僕達の半年間にわたる冒険は終わりだ。これで、ようやく僕たちは日本に帰れるね」

 勇者こと、クラスのリーダーである八神茜は伝説の勇者剣を鞘に収めながら、落ち着いた声で言う。その涼やかでまっすぐな言葉が洞窟の中に反響すると、さらにそれをかき消さんと、クラスメイト達の声も大きくなる。戦いが終わり、歓喜のあまりテンションがおかしくなっているようだった。

 俺はそんな歓喜の輪から一歩離れ、倒れた魔人の前に立つ。

「さて、それじゃあ俺はコイツの能力(ちから)を貰おうかね」

 俺は魔人に手をかざし《スキル》発動の準備に移る。
 スキル《融合》。この異世界に召喚された時、俺が持っていたスキルだ。

 そう、俺達40人は異世界召喚の際、それぞれ一つ強力なスキルを持っていた。例えば勇者である茜はそのまま《勇者》というスキルを持っていた。これはクラスで最も強力なスキルで、勇者としての証のようなものでった。

 そして、俺の持っていた融合のスキル。これは正直外れだと思われていた。
 王国の説明では、このスキルで出来る事は《調合》の真似事だと言われたからだ。実際、初めは水と薬草を融合してポーションを作ったりする事しか出来なかった。
 だが、納得出来なかった俺は、このスキルに何か凄い使い道があるんじゃないかと試しまくった。

 その結果、辿り着いたのがモンスターとの融合だった。もちろん、融合では生きているモンスターを融合する事は出来ない。だが、倒したモンスターは融合出来たのだ。何と融合するのか? もちろん俺自身とだ。

 初めて融合したのはゴブリンと呼ばれる子鬼のようなモンスターだった。最初は怖かったぜ。見た目ごと大きく変わってしまう可能性があったから。だが、あくまで生きている俺が死体を吸収している状態らしく、見た目は今のままに、俺だけを強化する事に成功した。

 そこから先はスカベンジャーがごとく、みんなが倒したモンスターを吸収しまくった。スライム、オーガ、ワーウルフ、ゾンビ……最近ではフェンリルやフェニックスのような強力な魔物まで。

 気が付けば勇者の茜に次いでクラスでナンバー2の実力を持つにまで至った。この魔人を融合すれば、勇者である茜の実力に、さらに近づくことができるだろう。
 もともと、ゲームが好きだったこともあり、キャラクターを強化させていくことに快感を感じるタイプの人間だ。それが自分自身を強化させられるなんて、楽しくない訳が無い。強くなるたびに戦闘での仲間への貢献度が上がっていくのも楽しかった。

「それじゃあ頂きますか――スキル発ど……」
「待ってくれ」

 魔人の死体にかざしていた左腕を強く掴まれた。その手の主を睨む。

「澪理。僕たちは最後の敵を倒したんだ。もうお前が強くなる必要はないんじゃないのか」

 俺の視線から逃げずにまっすぐ見つめてくるのは、茜だった。女子と見まごう程の中性的な美少年、運動神経抜群でおまけに成績も良い。
 そんな俺とは似ても似つかない完璧超人だが、小学生からの付き合いで、親友だった。この世界に来てからはその艶やかで見とれるほどの黒髪を伸ばし始め、今ではますます女子ぽく見える。

 その親友の真剣な表情に少々怯んでしまう。だが、それを押し隠すように、俺は敢えておどけて言った。

「まだ城に帰るまでの道のりがあるじゃないか。それにさ、俺は試してみたいんだよ。俺自身がどこまで強くなれるのかをさ。そりゃもちろん、勇者であるお前に勝てるとは思ってないけどさ」

「澪里……本当に君は。僕の後ろを追いかけてくるのが好きな奴だ」

「……」

 しかし、どういう事だ? 俺の融合行為に今まで何も文句を言ってこなかった茜が、何故このタイミングでこんな事を言ってきたのか。俺はそれが気になった。

「僕の持つ《勇者》のスキルには、自分や仲間の危険を知らせる能力があるって知っているだろう? 《神託》っていうんだけど」

 もちろん知っている。茜のその能力には、今まで何度も助けられてきた。毒のキノコを見抜いたり、敵の手に落ちていた村での罠を見抜いたり。幾度と無く仲間たちを、窮地に陥る前に救ってきたのだ。

「その神託が告げているんだよ。近々魔王が出現する……ってね」

 魔王が? 魔王だって!? 

「だったら尚更、俺はコイツを吸収して強くならなくちゃいけないじゃないか。もし魔王が出てきたら、俺達で協力して倒さなくちゃいけないんだからな」

「いや駄目だ。最初は、親友の君と一緒に戦えることが嬉しかった。ただ無邪気に喜んでいた。けど君が魔物を吸収すればするほど、《神託》は危機を知らせてくるんだ。魔王が誕生する。魔王が生まれてしまうと。そんな中、僕にある疑念が生まれた。信じたくは無い。けれど確実性をもった疑念が」

それは……まさか。

「君がその魔人に手をかざした瞬間、疑念が確信に変わった。その魔人を吸収したら……君は魔王になるんだ。間違いなく……ああ、神託もそうだと言っている」

魔王。魔王。俺が魔王?

「ははっ。魔王ってのも悪くないかもな。大丈夫だよ茜。俺を信じろ。仮に魔王になったって、俺は俺だ。
別に人間を苦しめたりなんてしない。強くなった自分を褒めてやって、後はいい思い出として地球に帰るだけだ。そうだろ?」

「そうはならないから言っているだ。なぁ澪里。これは親友である僕からのお願いだ。その魔人の吸収はやめてくれ。もし君が魔王になって、力の制御が不能になってしまったら……そう思うと、怖いんだ。もしそれが僕の力を超えていたら……考えただけでゾッとするよ。僕は親友である君を、魔王になんてしたくないんだ」

 その目には、いつの間にか涙が溜まっていた。泣き落としとは、卑怯である。だが、小学生の時ならともかく、今更そんな手は通用しない。

「悪いが、俺は俺の可能性が知りたい。どこまで強くなるのか試したい。どんな凄いことが出来るようになるのか、試したい。出来なかったことが出来るようになっていく感覚、ワクワクするんだよ。
 茜。俺達は今、異世界にいるんだぜ? 何もかも試してみなくちゃ、損だろ? 大丈夫だ信じろ茜。俺は魔王になんてなったりしない」
「……」

 茜は最初、呆れたようにぽかんとしていたが、その後「くすっ」と噴出した。

「はは、君は相変わらずだ。わかった、信じる……君を信じるよ……信……」
「ん? どうした茜?」

 ほがらかに笑っていた茜は突如その表情を豹変させる。そして腰の聖剣を引き抜き、構える。その目は真剣で、表情は人形の様に冷たい。どうやら冗談でもパフォーマンスでもないらしい。

「はは、親友の俺が信じられないってか?」
「ええ。到底」

 軽く泣きそうだ。俺は勇者として頑張ってきた茜を信頼していたんだが。そして、その茜に信用されていると思っていたんだが。どうやら、俺の一方通行の片思いだったらしい。

「なぁ、みんなも見てないで茜を止めてくれよ。俺が魔王だって? 冗談にも程があるだろう」

 俺はワザとおどけて見せて、周囲に同意を求めた。茜の意見は、正直突拍子も無く的外れな指摘だ。だが、周囲の8人の顔は真剣そのものだった。

「はぁ、冗談だろ? みんなも俺が魔王になるって思ってるのか?」

 無言の沈黙。その圧に耐えかねて、俺は両手を上げた。

「わかった。わかったよ。そこまで言うなら、この魔人を吸収するのはやめだ。そんな事でクラスの和は乱せ――」
「はは! 上手いですね壱外君。ですがそんな演技では私を騙す事はできませんよ」

 その時だった。俺の胸を、一本の槍が貫いた。どうやら後ろから刺されたらしい。心臓からじんわりと嫌な熱さが、全身に広がっていく。槍を引き抜かれた瞬間、俺の意思とは無関係に体が地面に倒れた。

「悪く思わないでください壱外君。君を殺す事は事前にみんなで決めてあったんですよ」

 倒れた俺を、まるでゴミでもみるかのような目で見下すのは同じクラスの鳥田礼明(とりたれいめい)。頭の切れる我がクラスの参謀だ。コイツは……今なんて言った? 事前に……みんなで?

「八神君は先ほどの話を、事前に私達に相談してくれていました。君が魔王に覚醒するようなら、殺してしまおうと。私達も最初こそは驚きましたが……八神君の《神託》は絶対だ。私達はね、君を魔王なんかにする訳にはいかないんです。そんな事をしたら、地球に帰れなくなってしまう」

「ふ、ふざ……けるな……俺が魔王になんて……なる、わけ」

「なるかならないか。そんな事はどうでもいいんです。ただ、君は魔王になる可能性がある。いや、確実になるのでしょう。何せ、八神君がそう言っているのだから。だったらここで殺しておくしかないじゃないですか」

 糞……なんだよそれなんだよそれなんだよそれなんだよそれなんだよそれなんだよそれ。

「あ……茜……裏切ったのか……俺を……親友だと思っていたのに」

 俺は縋るように、親友だった男を見つめた。助けて欲しかった。何かの間違いだと言って欲しかった。だが、茜の台詞はそんな俺のわずかな希望を打ち砕く。

「君はやりすぎた。魔王の因子を生かしておく訳にはいきません。君はここで死になさい」
「な、ならな……い。絶対に……だから……助けて……」

 体が動かない。まだ動く口を精一杯動かして、助けを求めた。見っとも無かっただろう。その姿はきっと醜かっただろう。生き汚かっただろう。だがそれでも、こんな所で死にたくなかった。

 声にならない声で命乞いを続ける。だが、クラスメイト達は動こうとはしなかった。

「世界を照らす光、邪悪なる魂を浄化せよ……《プロミネンスアペンディクス》!」

 恐ろしく冷たい声が響いた。それは茜の最強魔法の詠唱だった。魔物すら一撃で粉砕する聖なる業火が、俺の体を包み込む。すぐに呼吸が出来なくなり、意識が遠くなっていく。走馬灯なんて見る暇すらなく……何か恨み言を叫ぶ時間も無く。俺の体も魂も、聖なる炎に焼かれて散っていくのだった。

 ひとカケラの灰も残すことなく。


 俺は……もっとも信じていた親友に裏切られ死んだ。



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