神様のヒトミ

さとう

91・ルカ



 「な、なんで……」
 「何か? 用事とはこれだけでしょうか?」


 モーラは、踏みつけ砕いたガラス板の写真に、興味すら持っていない。
 かつての夫であるガロンのことなど、既にどうでもいいかのようだった。


 「が、ガロンさんは……、アンタの、前の旦那だろ」
 「そうですが? 死んだのですよね?」
 「すまなかったって……、謝って、何も感じないのかよ!?」
 「ええ。そもそもガロンには失望していましたし、殺してやりたいほど憎んでました。自身の子供が病気に冒されてるのに、それを無視して国境警備軍になるとは……」
 「そ、それは……」
 「まぁ、子供が死んだおかげで私は自由になれましたし、この方とも出会えました。その点については感謝しましょう」


 モーラは、アグニの座る椅子に寄り添った。
 その光景に、アイトは悪夢を見てる錯覚に囚われた。


 「ふふ。察するに貴様は、ガロンが拾ったという【救世主】だな? くくく、死んだ息子の影でも見たのか、実に哀れなだった」


 アグニの言葉に、アイトは驚愕する。


 「お、弟?」
 「そうだ。まぁ腹違いだがな。くくく、実に哀れなヤツだった。〔赤熊人〕の血族として生まれながらも、その象徴である赤毛は発現せず追放された。しかし父だけがヤツを見捨てることなく【壊神拳】を伝授した……」


 懐かしそうにアグニは語る。


 「それからガロンは国境警備軍に抜擢され辺境へ、子供を失い失意に暮れるモーラをオレの手に、そしてヤツは死に……くくく」
 「アグニ様、私は幸せでございます……」


 モーラは自身の下腹部をさする。
 アイヒは青ざめた表情で答えを口にした。


 「ま、まさか……、子供、が……」
 「はい。私のお腹の中には、アグニ様の子供が……」


 モーラの顔は、母親の顔だった。
 アイヒは口元を押さえ、震えていた。


 「くくく、実にいいニュースだったぞ小僧。哀れなるガロンの死、そしてヤツの女でありオレの妻であるモーラの懐妊。く、くく、はははははっ!! ヤツの人生はなんだったのだろうなぁ!! なぁモーラよ!!」
 「今となっては良き思い出です。全てはあなた様に出会うための「贄」であったと」


 アイトの中で何かが切れる。


 「アイトっ!? 止めなさいっ!!」


 全身が紫電に包まれ、気が付くと飛び出していた。
 目にも止まらぬ速さで、火天アグニを殴るために。


 「ほぅ」


 魔闘気を拳に集中し、必殺の一撃を顔面に食らわせる。
 S~レートの魔獣ですら1撃で屠った、ガロン直伝の『極』奥義。




 「『螺渦らうず』!!」




 アイトがこれまで繰り出した中でも、会心の1発だった。




 ***********
























 「ふ、こんなモノか?」
 「な……」




 アイトの拳は、アグニの手のひらで受け止められた。
 右手に集中させた魔闘気は、アグニの魔闘気で打ち消された。


 「その若さでは大したモノだが、それまでだ」
 「こ、このッ!!」


 アグニは椅子に座ったまま、モーラは少し離れる。


 「ほう? 《魔拳イデア》か。つまりお前が正当継承者か」
 「がぁぁぁぁッ!!」


 アイトは型も構えもメチャクチャに拳を振るう。
 しかし、アグニは退屈そうに片手で弾く。


 「未だに分からんのは、オヤジはどうしてガロンを正当継承者にしたのかだな。オレのほうがガロンより遙かに強かったが……」


 アグニはアイトの右手を受け止め、初めて拳を振るう。


 「『打轟だごう』」
 「ごぶぇっ!?」


 アイトは10メートル以上吹き飛び、その場に崩れ落ちる。


 「アイトっ!?」
 「ぐあ……、げぶっ……」


 腹を押さえたアイトは、吐瀉物をまき散らす。
 すると微笑を浮かべたモーラが、大声で叫んだ。


 「国家反逆罪よ!! そこの2人を連れて行きなさい!!」


 扉が開かれ、兵士がなだれ込んできた。
 アイヒが杖を抜き、アイトを守るように構える。


 「国家反逆罪は例外なく死刑だ。くくく、ラクシャーサめ、このオレに刺客を送るとはなぁ」
 「はい。後ほど、然るべき対処を」
 「そうだな。では反逆者を最上階の処刑場へ、そしてあれ・・を呼べ」
 「は。わかりました」


 アイヒは観念したのか杖を納めた。
 何故なら、アイトがアイヒの腕を掴んだからだ。




 こうして2人は、最上階に連行された。




 ***********




 アイトたちが連れて行かれたのは、最上階にある開けた場所だった。
 視界を遮る物は何もない、城下町や周囲の森すら見渡せた。


 頑丈な石造りの床、広さは体育館ほどある。
 両手を掴まれたアイトたちは、そのまま地面に転がされた。


 「アイト、平気!?」
 「ああ……なんとか」


 アイトは呼吸を整え、状態を確認する。
 腹部は痛むが一時的な物、内臓にダメージはない。


 立ち上がり周囲を確認すると、そこは絶景だった。
 アイヒも自身の状況を忘れるほど、雄大な自然が広がっていた。


 「いい景色だろう?」


 そして、アグニとモーラ、出口をふさぐように熊人の兵士がいた。
 2人は警戒する。


 「国家反逆罪は死刑。さて、死刑方法だが……、くくく、最後に面白い物を見せてやろう」


 アグニが近くの兵士に目配せすると、入口から何かが来た。


 「え……」
 「ウソ、あれって……」


 ジャラジャラと何かを引きずる音、ぼろ切れのような服、伸びっぱなしの赤い髪、丸みを帯びたクマ耳、そして同じく赤くて丸いクマ尻尾。
 両手にはゴツい拘束具がはめられ、両足に至ってはチェーンが着けられ先には鉄球が付いている。
 ゆっくりと歩いてくるが、焦れた兵士によって蹴り飛ばされた。


 現れたのは、7歳ほどの少女だった。


 「………」


 その目は、死んでいた。
 冷たさも温かさも、恨み憎しみも、何もかもが欠如したような、虚空を見つめる瞳。


 「ま、まさか……」




 ***********


 【ルカ】♀ 7歳 赤熊人


 ◎【異能アビリティ
 《熊神転身アルカンシェル・コンバージョン
  ○魔熊アルカンシェルへ変身する


 ***********




 「さぁて、処刑の時間だ。………やれ」


 少女に付き添っていた魔術師が、何かを唱える。
 すると少女の拘束具が輝き、強力な電流が流れ始めた。


 「ぎゃぁぁぁぁっーーーーッ!?」


 この世の物とは思えない叫びに、アイトたちは驚いた。


 「や、やめ、止めろぉぉぉっ!!」


 だが、止まらない。
 電流に呼応するように、少女の身体に変化が起きる。
 全身に赤い紋様が現れ点滅し、拘束具が弾け飛ぶ。
 紋様が光り、少女の身体が浮き上がる。そして半透明の紋様の球が少女を包み込み、一気に弾けた。


 「おぉぉ……。やはり、いつ見ても素晴らしい」
 「これが【災禍の魔獣オーバーロード・ビースト】の真の姿……。興味深いですね」


 10メートルはある巨大な熊。
 全身が真紅の体毛に覆われ、腕や肩からは骨のような甲殻に覆われている。
 SSレート以上の圧力は、町どころか国1つ滅ぼせるだろう。


 「ひ……ヒドい、なんてこと……」


 アイヒが涙を流し、少女だった魔獣を見る。
 ミコトやライラ、シアと同じ少女の変貌に、心が着いて行かなかった。


 「………」


 アイトは構え、《魔熊アルカンシェル》を見る。
 そして、後ろで笑うアグニとモーラを。


 「許さねぇ……」




 アイトの右目が、黄金と虹に染まった。
 

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