ホントウの勇者

さとう

閑話 羽蔵麻止・【羽神エルンスフェーダー】



 羽蔵麻止はねくらまとめ


 彼女はこの2年A組のクラス委員長である


 髪型はセミショートヘア、フレームのない眼鏡を掛けた知的な美少女で、成績もよくまじめで明るい彼女はクラスのみんなから好かれていた


 彼女は部活に所属しておらず、授業が終わるとすぐに家に帰り実家の手伝いをするのが日常になっている


そんな彼女の実家は古本屋
 といっても曾祖父が道楽で始めた物で売り上げは殆ど無い
 父も母も普通の会社員で、店番は祖父に任せきっている。


 彼女は小さい頃からこの古本屋が遊び場だった
 父母が仕事で忙しいせいもあってか、子守を祖父に任せることが多かった為、自然と文学に触れて育ったのである


 店自体は広くは無い
 24畳ほどの店内に曾祖父や祖父が集めた古本が本棚に敷き詰められている
 古本のインクの香りが漂うレトロな雰囲気のお店だ


 そんな古本屋の手伝いを彼女は好きでしている
 祖父に学校の部活や友達の心配をされたりもしたが、彼女は本当にこの本屋を愛していた


 彼女は中学1年生の頃から古本屋〔羽蔵古書店〕の仕事を手伝っている
 店の掃除をしたり、本の虫干しを手伝ったり。祖父がたまに仕入れてくる本を読みふけったり




 そんな文学少女である羽蔵麻止はねくらまとめが無月銃斗に出会ったのは、中学2年の時だった




───────────────


───────────


───────






 その日彼女は普通に学校を終えて帰宅し店番に入った
 祖父は近所の友達の家に用事がある、と言って出かけて帰ってこない
 きっと将棋でも指しに行ったのだろう。まぁコレもいつものことだった


 彼女はカウンターに座り、店にある古書を読み始める
 小さい頃から読んでいるがこの店の本を全て読破するにはまだまだ掛かるだろう
 ここの本を全て読むのは彼女の夢でもある。そんな事を考えながら読書にのめり込んでいると店の引き戸が開いた


 「いらっしゃいま……あ」
 「あれ、羽蔵さん?」


 自分と同じくらいの少年。隣のクラスの無月銃斗だった


 「えと、ウチ古本屋だけど?」
 「えっと、そうだよね」
 「うん……?」
 「えーと……」


 おかしな会話になってしまった


 普通、中学2年生といえばマンガやゲーム、部活やスポーツなどで体を使ったり遊んだりする物では無いだろうか
 週刊誌やマンガの新刊が売っているような本屋ならまだしも、14歳の少年が来るような店ではない
 彼女は自分のことを棚に上げてそんな風に思っていた


 「えーと、本……見ていいよね?」
 「あ、はいどうぞ」


 彼女はそう返すしかなかった
 まさか追い返す訳にもいかない
 なんとなく気になり彼の様子を観察してしまう


 「おお~すごい。うぉ!? ~~~著作の初期版があるなんて。すげえ……宝の山じゃん!!」


 彼は興奮していた
 そして古書を何冊か手に取り彼女の元へ持ってきて財布を取り出す


 「えーと、羽蔵さんだよね? 隣のクラスの……俺は無月銃斗、えと」
 「う、うん。コレ買うんだよね?……えーと、3冊で2800円です」


 支払いを終えて袋に入れる
 なんだかうれしそうな彼を見てつい聞いてしまった


 「古書……好きなの?」
 「うん。古書っていうか本が好きなんだ。今日は近所の図書館に本を返しに来てさ、なんとなく歩きで帰ってたらこの〔羽蔵古書店〕を見つけてさ、こんな素晴らしい本屋は初めてだよ…ってああゴメン!!」


 無月銃斗は興奮して喋っている
 彼女はまさか自分以外にこんな人がいるとは思っていなかった


 それから無月銃斗は高校入学までの2年間、この〔羽蔵古書店〕に通うようになる


 彼女と本の話をしながら一緒に下校したり、カウンターの隣でお茶を飲みながら一緒に読書をしたり、本の虫干し作業を手伝ってくれたり、祖父に気に入られて一緒に将棋を指したり、休みの日に一緒に図書館に出かけたり
 彼女はとても楽しかった




  羽蔵麻止はねくらまとめが無月銃斗に恋をするのに時間は掛からなかった




 そして高校受験の勉強も一緒にした
 通うのは同じ近所の高校


 勿論問題なく合格し、高校生活が始まる


 彼女は無月銃斗と別のクラスになってしまったが、特に気にしなかった


 彼は学校が終わると相変わらず〔羽蔵古書店〕に来てくれる
 彼女は彼に告白する機会をうかがっていた


 しかし。無月銃斗が〔羽蔵古書店〕に来る機会が減ってしまったのだ


 その理由は、彼が図書準備室に通い始め、静寂書華しじましょうかという盲目の女生徒と本を読んでいるから、と言う理由だった


 彼女は胸が押しつぶされそうだった
 自分は失恋してしまったのだろうか? そう考えると涙が出そうだった
 そして、気持ちの整理が出来ないまま2年生になる




 彼と同じクラスになった……すると無月銃斗は彼女に言う




 「羽蔵さん、最近店に行けなくてゴメン。本の虫干しそろそろやるんでしょ? 手伝いに行くからさ、時間決まったら教えてよ!!」


 彼は覚えていたのだ
 本の虫干しはだいたい半年に1回やる
 時期的にはそろそろやるはずだったが、最近銃斗が店にこないので、自分と祖父でやるつもりだった
 しかし彼は覚えていた


 彼女はそれがたまらなくうれしかった
 そしてもう誤魔化せなかった


 やっぱり自分は、無月銃斗が好きなんだと


 静寂書華しじましょうかは美人でスタイルも抜群だ、目が見えないというハンデが逆に彼女の神秘的な美しさを引き立てているように感じる
 対して自分は胸は小さいがスタイルは悪くない……と思っている


 それでもこの初恋をあきらめるつもりは無い
 そしてもう一人、無月銃斗のそばに最近別な女の子がいることに気がついた


 彼女は弓島黎明ゆみしまれいめい
 彼女も図書準備室に入り読書をするようになったらしい
 きっと彼と何かあったに違いない、と彼女は思ってる




 羽蔵麻止はねくらまとめは今度、本の虫干しの手伝いを無月銃斗にお願いする


 そのときに告白しようと決めていた






 しかし、その願いが叶う事は無かった




───────────────


───────────


───────






 羽蔵麻止はねくらまとめは一人、〔クローノス城〕の通路を一人で歩いていた


 服装は白を基調とした騎士服で、Ⅸの装飾が施されたマントを着けている
 他のクラスメイト達は【神の箱庭サンクチュアリ】と呼ばれる特殊な空間で【神器じんぎ】を扱う訓練をしているが、彼女がここにいるのはその訓練を免除された〔神の器〕最強の13人の一人、【英雄十三傑ヴァリアントサーティ】だからである


 考えることはいくらでもあった


 先発隊・第2陣の壊滅に、同じ【英雄十三傑ヴァリアントサーティ】の一人、盾守堅硬の敗北
 そして、無月銃斗の神器の覚醒


 【銃神ヴォルフガング】の脅威は増すばかり、このままでは【魔神軍】にとっても【魔神エルレイン・フォーリア】にとってもいいことにはならない
 いっそ自分が出て、無月銃斗を始末するか
 そんなことを考えながら歩いていたら、前から誰か歩いてくるのに気づいた


 「悩み事ですか?」
 「し、シグムント様!?」


 現れたのは【王ノ四牙フォーゲイザー】の一人。【空神シグムント】


 この世界に実在する数少ない神の一人
 その柔らかな微笑みと整った容姿で、クラスメイトの女子生徒はこの神に憧れを抱いている者は少なくない。彼女もその一人だった


 「悩みがあるなら相談に乗りますよ? 貴方たちは全員私たちにとって大事な人達ですから」
 「……あの【銃神ヴォルフガング】が生きていて、私たちのクラスメイト達を……許せません、絶対に!!」
 「その気持ちはわかります。ですが焦ってはいけません。今は力を付けるとき、貴方たち【英雄十三傑ヴァリアントサーティ】や他の〔神の器〕達もまだまだ発展途上。成長の余地は無限にあります」
 「ですがそれは【銃神ヴォルフガング】にも言えることです!! 早くヤツを始末しないと」
 「落ち着きなさい。大丈夫です」
 「……シグムント様」
 「強くなるのです。貴方たち40人が力を合わせれば【銃神ヴォルフガング】など恐れる者ではありません。羽蔵さん、目的に向かって前に進むことが大事なのです。焦ることで躓き道を外れることこそが一番恐れるべき事です」
 「……はい。申し訳ありません」


 シグムントの言うことは正しい
 彼女は自分に言い聞かせた、そして改めて思う
 この【空神シグムント】は素晴らしい神だと


 するとシグムントは彼女に近づき耳元で囁いた






 「─────────私の部屋に来ませんか?」






 それは甘い誘惑だった


 彼女は顔を赤くし、それと同時に喜びが溢れる
 神の寵愛を受けることが出来るのだ、断る理由など無い
 彼女は笑顔で返事をしようとし






 「は、っぐ!?」






 胸に激痛が走るのを感じた




───────────────


───────────


───────






 結局シグムントの誘いを断り、彼女は医務室へとやって来た


 そこにいたのは一人の少女。彼女と同じ白い騎士服をきてⅩⅢの刺繍が入ったマントを着けた【英雄十三傑ヴァリアントサーティ】の一人


 鳴見治看なるみなおみがそこにいた




 「あ、麻止。どうしたの? どっか調子悪いの?」
 「うん……ちょっと胸が痛み出して」
 「またぁ? おかしいなぁ……?」
 「……どうしたの?」
 「いやぁ、いきなり胸が痛み出す子が結構いるのよ。しかもみんな女子。調べてみても体には何の異常も無いし原因不明。あたしの【神器ジンギ】でも治せないの」
 「何なんだろう、まさか【銃神ヴォルフガング】が関係してるんじゃ……?」
 「それはあるかもね。痛み出した子はみんな無月に関係ある話をしてたらしいわ。もしかして呪いかもね」
 「……くそっ」


 彼女は胸に手を当てて考えた
 あの痛みは確かに肉体的な痛みでは無かった気がする
 シグムントに部屋に誘われてうれしかった




 神の寵愛を受けれると思った時に、自分の心が泣きながら拒絶したかのような
 大事な物を守るための自己防衛のような、そんな痛みだった気がする


 馬鹿な、と彼女は思う


 【英雄十三傑ヴァリアントサーティ】序列第9位・羽蔵麻止はねくらまとめは思う


 この痛みを抱える者は他にもいる
 それはきっととても大事なことのような気がする




 彼女が無月銃斗に出会うのは、もうしばらく先の話だ







「ホントウの勇者」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く