超辺境の領主アローの生活

さとう

46・懐かしの散策②

 レイアとアミーは、二人で町を散策していた。
 薄れつつある記憶を頼りに、見慣れない道を歩いていく。
 もちろん向かう先は宿ではない。


「えぇと、確か……」
「レイア様、宿はこっちじゃありませんよ?」
「いいのよ、せっかくだし両親に挨拶でもしようかと思ってね」
「そうなんですか? じゃあリューネ様も」
「姉さんはいいのよ。都合良く婚約者を裏切ってサリーの元へ向かったのに、今更両親に顔向け出来ると思う? 貧乏とはいえ貴族であるセーレを裏切ったのよ、間違いなく勘当されてるわ」
「はぁ……」


 ならば、レイアはどうなのか。
 婚約者はいなかったが、レイアも貴族であるアローが将来的には義兄になる事が決まっていた。
 明確にアローを裏切ったワケではないが、姉に付いてセーレを出て行ったレイアに、今更両親は会いたいなどと考えるだろうか。
 アミーはもちろんそう思っていたが、面白そうなので何も言わない。
 レイアに付き従うメイドとして、ただ傍にいる。
 レイアやリューネがどんな不幸に見舞われるのか、それを楽しみにしながら。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ……暑いわね。アミー、喉が渇いたわ、あと馬車を手配してちょうだい。ああもう、徒歩で来るんじゃなかったわ……」
「わかりました、少々お待ち下さい」


 アミーは、与えられた役目をひたすらこなす。


**********************


 アミーは飲み物を買い、馬車ではなく二人乗りの人力車を手配してレイアの元へ戻ってきた。
 レイアは顔をしかめたが特に文句は言わず、アミーが人力車の隣に座ることを了承する。


「そうね……確か、あっちだったかしら」
「………」


 アミーはニコニコしていたが、汗を掻いたレイアのニオイに耐えていた。
 人力車なので密着するのは仕方ない、早く目的地に到着する事をひたすら祈る。


「それにしても、本当に変わったわね……」


 辛うじて昔の名残は残っているが、道の幅から建物まで様変わりしている。
 記憶を頼りに進み、見覚えのある商店や曲がり道を進み、ようやく到着した。


「ここでいいわ。確か……うん、この薬屋で間違いない」


 人力車から降りて料金を支払い、レイアは周囲を確認する。
 昔、よく通った薬屋はそのまま残っていた。そして近所の人気店だったパン屋も、店主のおばさん手作りのオリジナルブランドの洋服店も、昔のまま残っていた。
 ここまで来ればもうわかる、レイアは自宅への道を進む。


「この曲がり角を進んだ先に、私と姉さんが育った家があるのよ」
「なるほど、久し振りの実家ですね」
「……まぁね」


 複雑な心境だった。
 実家に帰った後は、とりあえず両親とよりを戻そう。
 昔のように接するには時間が掛かるかも知れないが、まずはセーレ領に帰れるように取り付くってもらおう。そしてあわよくば、領主代行のアーロンに取り入れないか考えよう。
 沈みかけのアスモデウス領より、輝くような発展を続けるセーレ領の方が魅力的だ。
 そう考え、実家のある曲がり道を進んだ。


「…………………え」
「あれ、ここですか?………なーんにもないですけど」


 実家は、消えていた。
 レイアの実家は何もなかった。
 ただ、雑草だらけの土地がポツンと残されていた。


「え………そんな、まさか」
「あ、見て下さい、看板がありますよ」
「…………」
「えーと、なになに………『大罪人姉妹 許すべからず』ですって。よく見ると雑草に隠れて木片がいっぱい落ちてますね。しかもこれ炭になってる……たぶん、火事があったんでしょうね」


 アミーの声は、レイアに届いていなかった。


**********************


 アミーはレイアを連れて、実家跡近くの通りに出た。
 ふつふつとレイアから『不幸』の香りが漂い始め、アミーの食欲がそそられる。だが我慢してメイドの仕事をする。


「えーと、取りあえず何があったか調べましょうか。そうですね……あ、あそこの古いパン屋さんなら、何か知ってるかも。ちょっと聞いてみますので、お客のフリしてレイア様も聞いてて下さい」
「…………ええ」


 アミーの砕けた喋りはメイドらしくなかったが、レイアは特に咎めなかった。
 実家が無くなってることにショックを受けてるのか、それとも看板に書かれた文字にショックを受けているのか、アミーには判断できない。
 アミーとレイアはパン屋に入り、アミーが店主のおばちゃんに近付く。


「こんにちは、いいニオイですね」
「あらこんにちは、ふふ、そうだろそうだろう、ウチのパンは焼きたてふっかふか、アツアツの状態でバターを塗って食べるとそりゃもう絶品さ」
「わぁ……いいですねぇ」
「ははは、お嬢ちゃん、メイドさんかい? よかったらお嬢ちゃんのご主人様にウチのパンを買ってもらいな。きっと損はしないよ」
「そうですね、でも大丈夫、お給金があるので自分で買います。美味しい物は自分で働いたお金で買わないと」
「はっはっは!! いい事を言うねぇ」


 しばし、アミーとおばちゃんの会話が弾む。
 レイアは店内を物色し、窓際に接地された飲食スペースの椅子に座った。
 良い感じに打ち解けたところで、アミーは切り出す。


「そういえば、あそこの曲がり角の先に広場があったんですけど……しかも変な看板まで」
「その話は止めな、思い出したくも無い」
「え? 何があったんですか?」
「…………お嬢ちゃん、この辺のメイドじゃ無いのかい?」
「はい、旅の商家に雇われてるメイドで、この辺りの地理を調べていたんです。そこでいくつか土地を見つけたんですが、あそこの土地だけちょっと雰囲気がおかしくて」
「ああ、商人のメイドね……この辺りも発展したし、商人が店を構えるために土地を買いに来るのもわかるけど………あそこはダメだ、あそこはあたしらセーレ領の民にとって、おぞましく憎たらしい一家が住んでいた忌むべき土地なんだよ」
「おぞましく……憎たらしい?」
「そうさ……この町の当主アローを裏切り、アスモデウス領に嫁いだリューネとレイアの悪魔姉妹に、その責任の重さに耐えきれず家に火を放ち焼身自殺した憐れな二人の両親夫婦。あそこの土地は見せしめのためにずっとあのまま放置するようにしてるのさ。呪われた土地だの悪魔の住処だの噂を流してね」
「へぇ………」


 アミーはレイアを見たかったが、ここでレイアを見るとおばちゃんに気が付かれるかもしれない。なので話を聞き情報を聞き出した。


「あの、姉妹の話は本当ですか?」
「当然さ。リューネとレイアは近所じゃ評判の美人姉妹で、アロー坊ちゃんに嫁ぐのが決まってたからね。この辺りの若い男はみーんな嘆いたモンさ。レイアもゆくゆくは第二婦人なんて言われてたしねぇ……」
「はぁ……」
「今じゃ憎しみや恨みの対象。アロー坊ちゃんが追放された諸悪の根源だし、セーレ領の民はみーんな嫌ってるよ。あたしだって顔を見たらぶん殴ってやりたいくらいさ。あの子たち、ウチのパンをあんなに美味しそうに頬張ってたのに……お金と宝石は人間を醜く変えちまうんだねぇ」


 モワッと、甘く切ない『不幸』の香り。
 レイアは後悔してる。今更後悔してる。このおばちゃんの会話を聞いただけで『聞くんじゃなかった、アローの傍を去るべきじゃ無かった』と考え始めている。
 だがもう遅い、レイアはアスモデウス領主サリヴァンの愛人だ。
 アミーには手に取るようにわかる。
 レイアの心に、ありもしない幻想が広がるのを。
 リューネがサリヴァンに嫁ぎ、自分はアローの元へ向かい嫁ぐのを。そしてセーレ領の領主アローの妻として、キラキラに栄えたこの町で暮らしている姿を。


「あ、ごめんねお嬢ちゃん。そろそろ焼きあがりそうだ」


 おばちゃんは奥のキッチンに引っ込み、アミーは振り返る。
 そこには、外を眺めてるレイアがいた。


「………あぁ」


 『不幸』を司る女神アラクシュミー。
 好物は人の不幸、そして絶望の味。
 だが、こんな物じゃ足りない。もっとスパイスが必要だ。


「さ、レイア様。そろそろ宿へ戻りましょう」
「………」


 まだまだ、足りない。
 アミーはレイアを立たせ、店を出た。


 レイアの絶望は、まだ始まったばかりだ。

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