竜と女神と

水無月六佐

大変な青年

「はぁ、はぁ、燐斗ぉ……」
 ボーッとした表情で、顔が紅潮していて、制服が乱れているハル。なんというか、見ていられない事になっている。
「……どういうつもりだ、ルナ」
 無意識に低い声を出してしまった。……まあ、注意したのに早速やらかしてやがるのだから、ハルにちょっかいを出したのだから、怒ってしまうというものだ。もちろん、ルナは俺が怒ると知ってこんな事をしているのだろう。
「やだなぁ、燐斗さん! 僕様はハルさんにこちょこちょをしていただけですよ!」
 笑顔で答えるルナ。あくまでこちょこちょをしていただけで、いやらしい事はしていないと言いたいのだろうか。
「……いやいや、初対面から十五分足らずで何やってんだ!」
「スキンシップですよ! スキンシップ!」
「せめて出会って初日はボディータッチ無しとか、我慢できないのか?」
「無理ですね」
 即答である。堂々としているなー……
「……だ、大丈夫よ燐斗! 本当にこちょこちょされただけだから! い、いきなりでびっくりしたけど!」
 俺が入室したことに気づき、慌てて服装を整え、ルナのフォローをするハル。本人がそう言うのなら、まあ……
「……本当にこちょこちょだけ?」
「……シャツの下に腕を入れられたけど」
じかにかよ」
 ルナを睨む。せめて布一枚くらいは挟んでいてほしかった。
「やらしい気持ちはありませんよー? 僕様がそういう感情全開で『スキンシップ』をとろうと思ったら、五秒で全て終わっていますよー!」
 満面の笑みで指をくねくねとうねらせているルナ。……何がだ。何が終わるんだ。
「とりあえず、その指の動きめろ……」
「はーい……でも、ほら、僕様とハルさん、仲良くなりましたよ! ねー! ハルさん!」
 同意を求めるようにハルを見るルナ。
「う、うん、そうだねー」
「顔すっげー引き攣ってるぞ、ハル」
 笑顔のつもりなのだろうが、無理して笑っていますよ感が半端ない。表情作りの達人であるハルをこんなにするとは……
「……ふむ、今はどういう状況なのだ?」
 いつの間にか俺の隣に竜子が居た。
「ルナがハルの事を気にいって、ボディータッチをしまくったんだよ」
「成る程。あのくすぐったいやつか」
 お前もやられていたんかい……まあ、当然と言えば当然か。
「災難だったな……」
「……しかし、段々と気持ち良くなってくるのだぞ、アレ」
「言わなくていい」
「……っ!」
 ……なんか、ハルも顔を思いっきり逸らしたのだが。新たな扉が開かれてしまったのだろうか。
「……ふふん」
「満足そうな顔をするなルナ……帰ったら少し怒るからな」
「……そ、そうだ! もう家を出なきゃいけない時間じゃない! い、行こう燐斗!」
 いつも出る時間より少し早いが、多分、すぐにでもこの部屋を離れたいんだろうな……
「ああ、分かった。弁当持ってくるから玄関で待っていてくれ……ああ、竜子、朝ご飯のサンドイッチ、台所に用意してあるけど、持ってこようか?」
「いや、自分で持って行こう」
「じゃ、じゃあ、私は玄関で待っているね!」 
「じゃあ、僕様は玄関でハルさんとお話を……」
「ルナはここで待機な」
「玄関でハルさんとお話……」
「待機な」
「……はぁい」
 肩を竦めるルナ。自業自得だ。
 鞄を持ち、台所に行き、弁当を鞄の中に入れる。……竜子、なんでそんなドヤ顔しているんだ。
「……ちゃんと運べるぞ」
 ああ、分かった。褒めてほしいのか。
「やればできるじゃないか竜子」
 たしかに、三日前くらいから皿をグニャらせずに持てるようになっている。この分だとバイトも案外上手くやれるかもしれない。……初日は緊張して力加減を誤りそうだけど。
「うむ、吾輩はやればできる子だからな!」
 『どうだ!』と、言わんばかりの満足そうなドヤ顔だ。子供みたいで可愛い。……今の竜子を魔界の竜たちに見せたらどうなるんだろうな。
 案外、人気者になったりするのかもな。


「じゃあ、行ってくる」
「い、行ってきます!」
「はーい、お二人とも、いってらっしゃーい!」
「気をつけて行ってくるのだぞ!」
 二人に見送られながら俺たちは家を出た。
「……大丈夫か? ハル」
「……」
 黙って俯いているハル。……怒っているのだろうか?
「おーい、ハル?」
「あ、え、えーっと……い、一回、ウチに帰っていい!?」
 気づけば、もうハルの家の近くだ。
「……もちろんいいけど、忘れ物?」
「う、うん! すぐに戻ってくるから待ってて!」
 ……はて?

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