竜と女神と

水無月六佐

堪える青年

「……んー」
 スマホのアラームで目を覚ます。今日は俺が弁当を作る日なので、昨日よりも一時間早く起きる。
「……ん?」
 頭を誰かに触られている気がする。
「よっ……と」
 その手を掴んで上半身を起こす。
「……竜子か」
 穏やかな寝息を立てながらぐっすりと眠っている。
 俺の頭を撫でていたらいつの間にか寝てしまったのだろうか。……無防備な寝顔を見られたのは少し恥ずかしいが、懐かしい気持ちになれるので悪い気はしない。
「……さて」
 竜子は俺のベッドにもたれかかって寝ている。それに加えて、竜子の寝間着は部屋着とは違うYシャツ一枚のみなので、見ているこっちが寒い。……と、いうか、前のボタンくらいは留めてほしい。
 ……とりあえず、毛布でも掛けようか? しかし、この体勢はきつそうだし、ベッドに寝かせたほうが良いだろう。
「ふっ……んぐぐ!」
 竜子の脇を持って持ち上げてみたが、すぐに降ろしてしまう。
 眠っている人というのは重い。なんで重いかという理由も聞いたことはあるが、ど忘れしてしまったのでこのまま話を進める。……とにかく、重い。女の子相手にこんな事を思うなんて失礼なことなのだが、竜子は俺よりも身長が高く、体重も恐らくそれほど変わらないくらいなのだから、重いのは仕方がないだろう。
「……部屋までは運べないな」
 竜子の部屋は俺の部屋とは正反対の位置にある、元は父さんの部屋だったところなのだが、そこまで運ぶまでに間違いなく落としてしまうだろう。さっき持ち上げただけでかなり腕が痛い。
 とりあえず、床に横たわらせてから竜子の首に腕を回し、上半身を少し起こす。そして、所謂いわゆるお姫様抱っこのように竜子を抱き上げる。効率的な運搬方法なのかどうかは知らないが、イメージ的に力が入りやすそうだったからだ。……実際、さっきよりは楽な気がする。だからといって、竜子の部屋までは運べる気はしないが。
「う……んっ」
 起こさないようにしたいのだが、ここまで身体を動かしたら、流石に無反応という訳にはいかないようだ。抱き上げる際にYシャツがはだけてしまい、豊満な胸が丸見えなのと、やけに色っぽくか細い声に、俺の理性は失われそうになるが、なんとか耐えて、俺がさっきまで寝ていたベッドに寝かせる。掛け布団の上だが、まずは降ろすことが先だ。……頑張ったな俺。
 現在、竜子は殆ど全裸だ。Yシャツの前は完全に開けてしまい、腕だけが布によって守られている。……意味ねえ! それに加えてこの野郎、昨夜穿いたパンツをもう脱いでやがる!
 Yシャツのボタンを留めようかとも思ったが、これ以上竜子を見ていると頭がどうにかなりそうだったので、竜子の脚を持ち上げて掛け布団を取り出し、竜子に被せた。
 心なしか竜子が満足そうに眠っているように見えた。
「……はあ」
 朝からとてつもなく疲れたし刺激の強いものも見てしまった。すぐに寝たいような興奮状態で目が冴えるような、どっちつかずで何とも不思議な気分になったが、二度寝する時間はないし、その他の事をする時間もない。……弁当と朝飯を作るか。
「あ、燐斗さん、おはようございます」
 部屋を出ると、ルナも丁度部屋から出てきた。……タイミングを図っていたのだろうか。ちなみに、ルナの部屋は竜子の部屋の正面にある、母さんの部屋だったところだ。
「ああ、おはよう。早起きだな、ルナ」
「いえいえ、なんだか楽しそうなことが起こるということを予め知っていたので、丁度いい時間に起きて観ていました!」
 トテトテとこちらに駆け寄ってくるルナ。おそらく、女神パワーを使って自分の部屋で一部始終をずっと観ていたのだろう。まあ、観ようと思えば過去も観ることができるルナが頑張って朝早くに起きてリアルタイムに俺の行動を観ようとしたのはある意味偉いというかなんというか。……あれ? 俺、深夜とか朝方のテレビ番組を頑張ってリアルタイムに観るヤツの話をしてる? こいつがやっていることってそういう事に近いものなのか。……まあ、いい。
「起きていたなら手伝ってくれよ……」
 男の俺が触れるよりは女のルナが触れるほうが……それはそれで危ない気がするので監視しておかねばならないが、俺一人で対処するよりは余程マシな気分だっただろう。
「えー、それじゃあ面白くないですよ! ……燐斗さん! 初々しくて良かったですよ! グッジョブです!」
 満面の笑みで親指を立てているルナ。……なんだろう、純粋にムカつく。
「……お前なぁ」
「まあまあ、怒らないでくださいよ。……それに、そんな姿勢で怒っても滑稽なだけですよ!」
 言われて気づいたが今の俺は恐ろしいほどに前かがみになっている。……うん、たしかに滑稽だ。
「……流石にアレは暴力的過ぎたな、うん」
「まあ、仕方ないといえば仕方ないですけどねー。僕様も我慢できませんでしたもん」
 晴れやかに笑うルナ。……お前は部屋で何やってるんだよ。まあ、正しいといえば正しいのだが。リビングでやられても困るし。
「……ありゃ、分かっちゃいましたか」
「お前の事だからそれしかないだろ……あと、ナチュラルに人の心を読むな」
「むー、まるで僕様が変態みたいじゃないですか! 僕様は『性』とそれに関する快感に興味があるだけですよ! 僕様は沢山の命を生み出してきましたが、それは単なるしゅの創造ですし、全然気持ちよくありませんでした」
 何故だろう、後半の話は全然聞きたくなかった。
「興味があるのは分かるけど、がっつき過ぎだ」
 軽くルナの額を小突き、階段を下りた。

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