竜と女神と

水無月六佐

家族の時間

 リビングを出ると、トイレから竜子の声が微かに聞こえる。……独り言だよな? 
 その内容を聞くため、そっとトイレに近づき、耳を澄ます。
『ふふ、燐斗の嫁候補、か……ふふふ』
 うん、聞かなければよかった。……すると何だ? トイレに行ってからずっとこんな事をブツブツと呟いていたのか?
『竜子を見つめる時間が必要だ。……だから、もう少し待っていてくれないか? 必ず、迎えに行くからさ』
 俺の声真似なのだろうか、急にキリッとした声でさっきの俺の言葉を繰り返す竜子……っておい! 俺はそこまで言ってないぞ!
「あのー、竜子さーん?」
 ノックをしながら声をかける。
『む、燐斗か。すぐに出る』
 と、いう声が聞こえてきたと同時にドアが開く。
「さあ、どうぞ」
「さあどうぞじゃねーよ。お前がトイレに行ってからもう25分くらい経ってるんだよ。何やっていたんだ今まで」
 一応、さっきのアレは聞いていない事にしておこう。……ちなみに、普段このトイレが閉まっているときや、ルナか竜子がトイレから出てきた後などは二階にあるトイレへと行く。……意識し過ぎだろうか?
「聞いていただろう?」
 何を言っているのだという顔で俺を見る竜子。バレバレだったか。と、いうか、アレを聞かれていた事を知ってた割には堂々としているな。
「まあ、うん……すっげえ気まずかったよ」
「うむ、吾輩も気まずかったのだが、気づいた時には既に聞かれていたのでな。開き直ったのだ」
「開き直ったのか……ってか、お前、さっきの言葉は……」
 また俺が思っていた意味とは違う意味で受け取ってしまっていたら大変だ。さっき竜子が俺の言葉を真似していたアレは完全にプロポーズだ。
「ああ、安心しろ。お前の言葉の意味は分かっている。『俺が答えを決めるまで待っていてほしい』と、いう事だろう? 先程のアレはまあ、妄想だ。……いいだろう、少しくらいは恥ずかしい事を考えても」
「まあ、乙女チックというかなんというか……考えるだけならいいんじゃないか? 妄想と俺が言った言葉をごっちゃにしたりしなかったらさ」
 真実と妄想が混ざり合う危険性はあるが、今の竜子は出会った時からすると想像がつかないくらい女の子らしくなっているし、これは良い事だろう。
「うむ、今度は気を付ける。……さて、飯を食おうか」
 腕をグッと宙へ突き上げ、身体を伸ばす竜子。俺は視線を横にずらす。
「ん……? ああ、そうか。しかし、燐斗は照れ屋だな」
 俺が視線をずらした事に気づき、竜子は可笑しそうに笑う。
「照れ屋じゃないと思うんだけどな、これは。ってか、分かっているならズボンくらい穿いてくれよ……いつも言ってるけど」
 そしていつも聞き流される。竜子の部屋着は裸にYシャツを一枚着ているだけだ。サイズが大きいのと一番下のボタンは留めているので、なんとか見る事ができているが、今みたいに腕を上に上げたりすると、その、大変なことになるのだ。……思えば、今朝俺を追いかけてきたときにズボンを穿いてくれていただけでも大きな進歩だ。Yシャツのボタンも全部留めていたし。あのとき一歩間違えれば、何も知らない幼馴染とほぼ全裸の同居人が出会っていたわけだ。……考えただけで恐ろしい。
「ふむ、そうだな。今まで散々お前に言われてきた。少しは吾輩も成長しようではないか。……パンツは穿こう」
「……まあ、成長はしてくれたけどさ」
 どちらにしろ俺が見てはいけないのに変わりはない。
「しかし、なかなか落ち着かないものだぞ? 燐斗やルナたちはよく平気で着ていられるな」
 そういうものだろうか。ちなみに、今のルナはワンピースを着ている。季節的に少し寒そうなのだが、滅多に外に出ないので大丈夫だろう。……まあ、大人ルナは今の竜子よりも際どかったが、あれは怠惰という感情からきたものだからな。落ち着かないというのとは違うだろう。
「……まあ、そのうち慣れるんじゃないか?」
「……うーむ、燐斗が吾輩の裸に慣れればよいのであるが」
「女の裸には慣れたくないな……まあ、それはいいとして、早いとこ飯食え、飯。そしてパンツ穿け」
「いえ、逆だと思うのですよ……」
 いつの間にかルナが俺と竜子の間に、竜子用のパンツを持って立っていた。
「おお、ルナ、準備がよいな」
 竜子はルナからパンツを受け取り、その場で穿きだした。
 って、待て待て待て。
「俺の目の前で穿くなよ……」


「まあまあ、細かい事を気にするな。さて、晩飯を頂くとするか! 今日は冷たい料理ばかりであるから、冷める心配をしなくてよいのが嬉しいな」
 ……いや、そうでもないと思うけどな。
「多分、冷麺伸びてるぞー」
「ふやけてますね。絶対に」
「む……盲点だった!」
 ソレがあったか! という、驚嘆を浮かべた顔をしている竜子。まあ、なんというか、竜子も丸くなったよな……少なくとも、バハムートって感じは全くしない。
「こうしてはおれん! すぐに食べなくては!」
 と、リビングへと走っていく竜子の背中を俺とルナは見つめていた。
「……なんというか、少し馬鹿っぽくなりましたねー」
「なー」
 俺たち二人のヒソヒソ話を気にすることなく、竜子は嬉しそうな顔で冷麺を啜っていた。

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