竜と女神と

水無月六佐

考える青年

「……すまん、ちょっと魔物狩りに行ってくる。先に食べていていいぞ」
 リビングを出る竜子。顔が真っ赤になっていたので、多分照れたのだろう。……ちなみに、魔物狩りというのは、こちらで言う『お花摘み』、つまり、トイレに行ってくるという意味だ。向こうの世界で共通なのかは分からない。
「お話は終わったようですね! お料理並べてますから早く食べましょう!」
 ルナが俺の目の前で前かがみになっている。……上目遣いで俺の顔を見つめているってことは、頭を撫でてほしいという意思表示なので、ルナの頭を優しく撫でる。頑張ってくれたんだから誉めないとな。
 ふみゃあという声を出しながらふにゃっと笑うルナ。とても可愛いが、ここで俺は食卓に並べられている料理のラインナップに気づく。
「ああ、冷めないうちに食べないとな……って、おい」
 今日の昼にも同じような事を言ったが、あれは分かりきった冗談だ。しかしこれは……
「……? どうしたのですか?」
 不思議そうに首を傾げるルナ。その仕草は子供らしさ全開で抜群に可愛いのだが、今は料理だ、料理。
「冷麺に冷しゃぶに冷製スープに冷奴という本日の夕飯のラインナップについて詳しく聞きたいんだが」
 最初から冷えっ冷えじゃねーか。
「栄養バランスは考えていますよ?」
「いや、まあ、そうなんだろうけど、冷製スープを温かいスープに変える事は出来なかったのかなーとか、冷しゃぶにしないで温かいままでよかったんじゃないかなーって思ってさ。もう10月だし、冷たい料理オンパレードは……」
 季節感というかなんというか……と、いうか、夏でもこんなに冷たい料理のオンパレードにはしないだろ。
「冷暖房器具が普及した現在は、室温なんてずっと一緒ですよ?」
「たしかにそうだけど……でも、こんなに一貫して冷たい料理ばかりにしなくてもいいんじゃないか?」
「えー? 今日は冷たい料理を作るのにハマっているのですよ、僕様」
「……まあ、いいか。でも、出来れば今度は一品くらいは欲しいな、温かい料理」
「そうですねー。次はそうしますよ!」
 初めて会った時に比べると、だいぶ話を聞いてくれるようになった。……元々は素直な性格だったのかもしれない。そう考えると、人間がルナに対して如何に酷い行いをしたのかという事を思い知らされるな。
「じゃあ、食べようか。いただきます」
「いただきまーす!」
 冷製スープを一口飲むと、様々な野菜の香りと旨味が口の中に広がる。どんな野菜が入っているかは大体分かるが、どの野菜も他の野菜を邪魔することなく、寧ろお互いにお互いを引き立て合っていた。
「うおっ! 美味いなこれっ!」
 ついつい言葉が出てしまう。
「そうでしょうそうでしょう! この一品に今日の晩御飯の野菜要素を殆ど詰め込んでいますからね!」
 嬉しそうな顔をして平らな胸を張るルナ。
「……あ、そういえば、今日の弁当、ありがとうな。俺の健康の事を考えてくれていたんだろ?」
「はい! 今日のハルさんのお弁当は流石にお肉が多すぎるなーと思ったので……」
「女の子用のお弁当箱にしたのは嫌がらせだよな?」
「はい! まるでマンガのような、幼馴染との甘ーい時間を過ごしている燐斗さんへの嫌がらせですよっ!」
 にぱっと笑うルナ。……この野郎。まあ、それはいいとして、ハルはルナの事を殆ど知らないが、ルナはハルの事を全て知っているわけだ。
「しっかし、本当に凄いな、神の力ってのは。そんな事まで分かるなんてさ」
「ああ、ちなみに、燐斗さんとハルさんがいつも同じ組になったり席が隣同士になるのは、間違いなく、神の仕業なのですよ。燐斗さんが考えたように、『運命で仕組まれて』います」
 今度は真面目な顔で、俺が尋ねようと思っていた質問の答えを先に答えるルナ。……運命で仕組まれている、か。
「それにしても、なんでだ? 俺が神に目を付けられるにしても、せいぜい一、二週間前くらいからだろ? あれは幼稚園のときからずっと続いているんだし……」
「……えーっとですね、神が普通の一般人に目を付ける事はまずないです。ありえません。神の仕事量は半端ないですからねー、一般人に構っている暇なんてないのですよ! 恐らく、それなりの理由があるんでしょう」
 そう答えると、ルナは冷麺を口いっぱいに詰め込んで、もっちもっちと咀嚼そしゃくし始めた。
 神が俺の運命に何かを仕組んだのは、ルナが言ったのだから確実だろう。しかし、何故? 一般人に構っている暇なんてないんだろ? ……元々、俺が、一般人ではないということか? いや、まさか。
「ちなみにさ、神が運命を仕組むのは、普通はどんな人なんだ?」
 ルナは冷麺をごっくんと飲み込み、答える。
「それはもちろん、普通ではない人ですよ。例えば、世界の鍵になるような天才、とかですね」

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