竜と女神と

水無月六佐

砂浜を歩く女 ●

 丁度同刻、某県の砂浜に女が一人で歩いていた。その女は高身長で、ほどほどに肉付きが良く、小顔。所謂いわゆるスタイル抜群というもので、パッチリとしたツリ目は妖艶な雰囲気を醸し出している。そんな彼女が一人で歩いているならば、普通の男ならば放ってはおかないはずだ。しかし、彼女は、見られることはあっても、見惚れられることはあっても、声をかけられることはなかった。たしかに、10月上旬でそもそも浜辺を歩いている人自体が少ないのもある。しかし、それだけではない。最大の理由は、彼女の普通ではない異常な恰好にある。
 サイズがギリギリの、黄色と黒のしましま模様、所謂警告色の服を着ていて、首には漆黒の首輪が装着させられている。おまけに、スカートからは六つの鉄球が伸びている。一つ何キログラムあるのかという鉄球をズルズルと引きずりながら歩くその姿は誰がどう見ても危険人物だ。もしかすると、既に警察に通報されているかもしれない。しかし、そんな事を一切気にせずに女は東京湾を眺めながら呑気に歌っていた。
「うーみーはーひーろいーなーおおきーいーなー!」
 まるで子供のような笑顔で無邪気に歌う女。それを遠巻きに見つめる人々。初めは数人しかいなかった砂浜には、大勢の野次馬が集まって、女の様子を興味深そうにニヤニヤと見つめていた。
 そこにけたたましいサイレンの音が響いた。やはり、誰かが通報をしていたのだ。


「……んもう、せっかく海を見ていたのになー!」
 不用意にサイレンを鳴らすってことは、『みー』だと分かって追ってきた人じゃないね。本気でみーを捕まえたいなら、絶対にそんな事はしないし。
「……それにしても、やっぱり、海って最悪だよ。磯臭いし、ベタベタするし、ただだだっ広いだけだし」
 なんでみんなは好き好んでこんなところに来るんだろ? やっぱり、みーにはみんなの気持ちが分からないや。
「よいしょ!」
 普段は引きずっているけど、今のみーの力があればこんな鉄の球、何個あってもへっちゃらだ! ジャンプジャンプだー!
「あはは、200キロの重りもどうってことないや! あはっ! やっぱり凄いなぁ! この力!」
 楽しい。楽しい! 楽しいは嬉しい! 嬉しいは幸せ!
「……お、おい! 待てよお前!」
 むぅー……せっかくダッシュで駆け抜けようと思ったのに、なんなんだろう、この男の人。
「えっと、みーは走りたいからそこをどいてほしいんだけどっ!」
 みーの幸せを邪魔しないで。
「ふざけんな! お前、大方脱獄した殺人犯かなんかだろ! 犯罪者は俺たちと関わらないところで生きてりゃいいんだよ!」
「だつ……ごく? みーは、刑務所から逃げたんじゃないよ?」
 みーはただ、みーの行きたくないところに行く車から逃げただけ。
「もしそれが本当だとしても、どーせ、別の場所に移動途中の護送車かなんかだろうが! お前ら犯罪者は俺たち一般市民とは違うんだから、こそこそと、俺たちに関わらないようにし……あ、あ?」
 グシャリ。
「うーん、おじさんの言ってる事、みーには難しすぎるよ。おじさんたちと、みーは違うから、自由に生きたらいけないの?」
 グシャリグシャリ。
 そもそも、なんで勝手に自分たちが普通だと決めつけているのさ。もしかしたらみーみたいな人のほうがずっと『普通』かもしれないのに
「……かっ! ……ぐ! ……!」
「あちゃー、そんなに血を出したら、おじさん、死んじゃうねー。ごめんねぇ。みー、力加減っていうのがよく分からないんだ。死んじゃったらみーの質問に答えられないよね。……どうせまともな答えなんてくれないんだろうけど」
 そもそも、まともってなんだろう? ……まあ、いっか! おじさんもいなくなったし、早く逃げよっと! 
「……あ、ちょっとだけ取っていこうっと!」
 ……これでよしっと! それじゃ、位置に着いてー! よぉーい、どん!
「あはは! 走るって気持ちいい! 楽しい! 楽しいなー! 嬉しいなー! 幸せだなー!」
 そういえば、さっき取った? 拾った? コレはどんな味がするのかなぁー?
「いただきますっ! ……まずっ! ロクなせいかつしゅーかんも送っていないくせに、人に偉そうに怒らないでほしいなぁ、まったく! プンスカだよ! プンスカ!」
 酸っぱくて、硬い。タバコとお酒の飲みすぎ! 昨日の人の方がまだマシだったよ……


 ……さっきからあてもなく走っているけど、どこに行こうかなー? 楽しすぎて笑いが止まらないや!
「あははっ! あははははははははははっ!!」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品