もののけモノノケOH!魔が通るっ!!
第無記:日ノ本妖怪保護組織・非伝院【二】
「なあ、幸成。大丈夫なのか? あんな事言ってさぁ……タチの悪い宗教団体だとしたらめんどくさいぞ? 宗教団体じゃないとしても間違いなくアレはタチの悪い面倒なところだと思う」
「……何であんな事言ったんだろう」
冷静になってからの俺、絶賛猛省中である。
「はぁ……何も考えずにあのヤベえ奴の言葉に上手く乗せられるからこうなるんだよ。どうすんだよ、あのヤベえ奴よりももっとヤベえ奴がいたらよぉ」
「グウの音も出ないな」
あの後二つ返事をした俺は、四限目の講義が終わった後、つまり十六時頃に先程の場所で女性と再び会う事になった。
しかし、今になって恐怖が湧き上がってくる。
変な場所に連れて行かれたらどうしようか……
「ったく、仕方ねぇな、オレも四限までしかねぇから一緒に断りに行ってやろうか?」
聖生が魅力的な提案をしてくれているが……
「……けどさ、妖怪が本当にいるなら、気になるかなって」
「はぁ? 仮に妖怪がいたとしても、だ。そんな興味本位に近づいていいものじゃねぇだろ。絶対に後悔するって……まあ、妖怪が本当にいる訳ねぇけどな」
それは、そうだろう。普通に考えて、そんな超常的な存在がいる筈がない。
しかし、先程の彼女が単なる頭のおかしい人でないのならば、本当に会えるのではないか。
恐怖と同時にそのような好奇心も、湧き上がってしまう。
好奇心は猫をも殺す、なんて誰かが言っていたが、おそらく俺もこの調子で生きていると死ぬ目を見るのだろう。
だが、別に死んでも構わないのではないか?
ぼんやりとしていて自分の事すらよくわからない。会話するような友達は聖生くらいだ。そして、聖生には沢山の友達がいる。
それならば別に、俺に何かが起ころうと、俺以外は誰も気にしない筈だ。
もしかすると、聖生が気に留めてくれるのかもしれないが、他の友達と過ごすうちに忘れる事になるだろう。
……ならば、自分が興味を持ったモノを追い続ければいい。
「……ごめん、やっぱり気になるからさ、話を聞いてみようと思うんだ。巻き込んじゃ悪いからさ、一人で行ってくるよ」
「ふーん、そうか……まあ、そういう事ならこれ以上俺は止めねえよ。まあ、逆にあそこまで堂々とした変人なら逆に信頼できる、なんて考えも出来るからな。オレはしねぇけど」
呆れたように俺を見る聖生だったが、これ以上俺を止めようとする様子は見せない。
「ああ、けど、俺の身に何かあった時は情報提供くらいはしてくれたら嬉しいかなー、なんて……イテッ」
冗談のつもりで言ってみたが、聖生の大きな拳が俺の額を小突く
「滅多な事言うんじゃねぇよ。ただでさえお前は危なっかしいんだ……何かあればオレんところに来い。何時でも泊まらせてやるからさ」
「ああ、ありがとう」
本当に良い友達だな。聖生は……
「よっ! 来たねっ! 片目隠れクンッ!」
「片目隠れクンじゃなくて直竪 幸成です」
「ほーほー、サキナルクンって言うんだ。それじゃ、さっそく行こうか!」
「行くって何処に……ちょッ!?」
俺の質問に答えることなく女性は俺の手を掴み、グイグイと前方へ歩みを進める。
「流石に階段を上るのはこのままだと危ないから自分で上ってねー」
かと思えばそう時間も経たない内に手を離された。
……階段?
「モノレールで移動するんですか……?」
大学の最寄り駅だ。あまり移動するようならば俺としては遠慮したいところなのだが。
「いや、しないよ? けど駅の中には入るっ!」
「反対側の道路に移動するため、とかですか?」
「んー……っとね、まあ! とりあえず中に入ろっ! 話すよりもそっちの方が早いから!」
そっちの方が早い……? 正直、不安しかないが、此処で引き返したところで胸の内のモヤは消えないと思うので、ついて行こう。
「エレベーターはさっき誰かが乗ったばかりだったからねー。いやー、悪いねー!」
「いえ、お構いなく……」
悪いねーと思うタイミングが随分と遅い気がするが、こちらも自分の意志で話を聞きに来た訳なのでそれは言わないでおく。
「それで、何で駅の構内に?」
階段を上り、改めて尋ねる。モノレールで移動するでもなく、反対側の道路に渡るでもない。それならば何故こんなところに? ……もしかすると、ただ単に大学内や道路で話すよりはマシだという理由で移動しただけだろうか? まあ、冬入りも近づいてきているからな……
「何でわざわざここに? 風が凌げる場所でベンチに座ってゆっくり話すためか? って顔をしてるね! けど、それも違うよっ! ついて来て!」
「……? はい」
最早ゴチャゴチャと考えるよりも大人しくついて行った方がいいだろう。
「ん、よしよし、エレベーターは上に止まってるね!」
「……ん?」
何故、エレベータへと向かっているのだろう。まさかまた降りるつもりではないだろうな。
「はははー! 不安に思うのは仕方ないけどさー、ちゃんと意味はあるから安心してよ」
俺の脳内を見透かしたかのように彼女は言う。しかし、この行動に意味なんて……
「さあ、キミも入っておいでよっ! はやくはやくっ!」
「え、やっぱり降りるんですか……」
まあ、頭のおかしい人にからかわれたって事で、一通り付き合ったら賃貸を探すか……
「はいはい……」
「よしよーし! んじゃ、行こうかっ!」
「……それは?」
扉を閉めるや否や、彼女は鍵のようなモノを取り出した。
「まあ、見ててよ!」
言われた通りに見ていると、彼女は先程取り出したソレをエレベータの操作盤へと突き刺す。
……何をやっているんだ?
「ぐるっと回して……よしっ! 準備完了!」
「準備って……?」
「私の後を付いてきなよっ!」
そろそろ質問に答えてほしいところだ……って。
「……え?」
扉がないエレベータの壁へと女性はどんどん進んでいく。
そして、壁にぶつかる事無く、彼女はその中へと入っていった。
まるで其処には壁など無いかのように、スルリと。
「な……!?」
何が起こっているんだコレは……ッ!?
「ほらほらー! 早く来ないと『閉まっちゃう』よーっ!」
「……ッ!」
壁の中から聞こえる声に背中を押されるように、俺も壁の中へと歩き出す。
「……」
気づけば俺は、白い白い、真っ白な建物の中にいた。
何処からか不安が湧き上がるほどの『白』に放心状態になっていると、白衣を着た先程の女性がいつの間にか俺の前に立っており、朗らかに笑っていた。
「ようこそ、サキナルクン! 『日ノ本妖怪保護組織・非伝院』へっ!」
「日ノ本、妖怪保護組織……ヒデン、イン?」
「そうそうっ! 外に伝え漏らさない組織って意味で、『非伝院』っ!」
「絶望的に名が体に反しているじゃないですか」
この名前を付けた人もさぞかし悲しんでいる事だろう。この人、大学の近くで思いっきり宣伝してたぞ。
「いやー? そうでもないよー? 余計な勧誘はしていないからねー! 今日だってキミ以外は誘っていないからっ!」
「いや、聖生……俺の友達も隣にいたじゃないですか」
「んー? アレねぇ……アレはいいんだよ。キミから見ても、妖怪なんて信じる柄じゃないんじゃないの?
それに、仮に彼が妖怪を信じていたとしても、積極的に関わろうだなんてしないでしょ。それなら、この組織はただの『嘘』、もしくは『都市伝説』止まりだ。何の問題もない!」
「……そういうもんですか」
たしかに言っている事は合っているのだが、友人を『アレ』呼ばわりされたので、ついムッとした表情を見せてしまった。
「ソレに、『非伝』っていうのにももっと意味があってだね……ん、いや、別に今話さなくてもいいかっ! そんな事より自己紹介をしよう! 私は沙花鶏 覚。この組織のちょっと偉めの職員だ!」
「は、はあ……よろしくお願いします。沙花鶏さん」
突然の自己紹介に面食らってしまったが、とりあえず挨拶は返しておく。
「……ところでサキナルクン、此処は『非伝院』。そしてその職員である私がキミに名前を教えた。コレってどういう意味か分かるかな?」
外に伝え漏らさない組織の職員が自分の名前という情報を俺に告げた。
……要するに。
「今更『此処で働くのは嫌だ』なんて言えないって事ですか?」
「そうっ! そのとーりっ!」
なんて組織に来てしまったんだ。
「というか、何で俺だけしか勧誘していないんですか!」
「そりゃあもちろん? 必要以上の情報を外に流さないようにするためさ! そのためには勧誘は百発百中である方が望ましい。そして私は、キミが必ず私の誘いに乗ると思ったのさ!」
何でだ……
「もしも理由を聞かれたらすこーし詰まっちゃうけどさ、此処で働いていると自然に鍛えられるんだよねっ! 第六感ってヤツがっ!」
「ああ、はい、そうですか……じゃあ此処で働くしかないですね」
何というか、抵抗しても無駄そうだし、諦めて此処で働こう。うん。
「ありがとう! 最近仕事が増えたり人員が減ったりで困ってたんだよねー! 仕事って言っても、学業と両立できるように配慮はするからさ、安心してよー!」
とてもではないが安心できないような言葉が聞こえなかったか?
「人員が減った……?」
「ああ、病気だよー。退職しないといけないくらい重めの病気でねー。殺されたとかじゃないから安心してよー」
「いや、全然安心できないですけど」
この流れで『殺された』という単語が出てきたのが怖すぎる。しかも沙花鶏さんはほんわかと笑ったままだし。
「大丈夫。新たな職員となるキミの安全は保障するよ。まあ、その辺りの話は彼女に聞いてほしいかな……おーいっ! キョウカ!」
「お呼びでしょうか?」
彼女が名前らしきモノを呼ぶと、すぐさま別の場所から声が聞こえた。
……いや、別の場所というか、俺の背後から。
「おわっ!」
「あらあら、驚かせるつもりはなかったのですがー」
「いやいやキョーカ、そりゃあいつの間にか背後を取られてたらビックリするって」
呆れたような視線を浴びされながら、藍色の着物の上に白衣を着た女性がクスクスと笑いながら沙花鶏さんの隣へと移動する。
「えっとね、彼女はキョウカ。響槽院 鏡花。この組織の事務仕事をしている職員で、新人の案内も彼女がやっているんだ!」
「なるほど……俺は直竪 幸成です。よろしくお願いします、響槽院さん」
藍色の着物の上に白衣、というのは案外似合うものなんだな……それとも、この人が特別なのだろうか?
「いやー! それにしてもよかったねー! サキナルクン! こんな可愛い女の子に案内してもらえてー!」
「もぅ、沙花鶏さん、からかわないでくださいよー」
たしかに、彼女は可愛い。艶のある黒髪は腰辺りまで川のように流れており、瞳もパッチリしている。それに長いまつ毛にほんのりと紅に染まった唇。まるで人形のように整っている。
……胸の大きさが控えめなのも着物が似合っている理由の一つなのだろうか。
「けどおっぱいは私の方が数倍大きいけどねっ! あっ! キョウカの胸が一だとしたら私の胸は十だけどっ! いやー、もしもサキナルクンがおっぱい星人だったらソコは申し訳ないなぁー! でも、我慢してあげ」
……あ。
ソレは、見事な手刀だった。
手の刀と書いて手刀。
実際のソレは棍棒のような重い一撃であったのだが、決して人体が鳴らしてはいけないような『ゴッ』という音を鳴らしながら漫画のように綺麗に前方へとぶっ倒れていく沙花鶏さんの姿には圧倒された。
不審者だ不審者だとずっと思い続けていたので気に留めていなかったが、たしかに豪語する程の大きさではあるな……
「……」
などと悠長に考えている場合ではない。響槽院さんがコチラを見てにっこりと笑っている。
コレは緊急事態だ。
下手すると白い床に人二人がぶっ倒れている面白風景が出来上がってしまう……!
「えっと、それじゃあ、案内、お願いできますか?」
そして俺がとった行動は、一切触れないというモノである。
下手に触れてしまうよりは無かったことにしてしまう。ソレが一番なのではないか。
「あら、命拾いしましたね。それでは、参りましょうかー」
何でもないような口調で滅茶苦茶怖い事を言いながら響槽院さんはくるりと百八十度回って歩き出した。
ところで、このぶっ倒れていらっしゃる沙花鶏さんはどうすればいいのだろうか。
……とりあえず俺ではどうにも出来ない上に早々と進んでいく案内人さんに置いて行かれてはいけないので、巨乳の不審者へと向かって合掌し礼をした後に響槽院さんの後を追いかける事にした。
日ノ本妖怪保護組織・非伝院……俺は、大変なところへ来てしまったようだ。
とりあえず、明日の朝を無事に迎えられますように……
「……何であんな事言ったんだろう」
冷静になってからの俺、絶賛猛省中である。
「はぁ……何も考えずにあのヤベえ奴の言葉に上手く乗せられるからこうなるんだよ。どうすんだよ、あのヤベえ奴よりももっとヤベえ奴がいたらよぉ」
「グウの音も出ないな」
あの後二つ返事をした俺は、四限目の講義が終わった後、つまり十六時頃に先程の場所で女性と再び会う事になった。
しかし、今になって恐怖が湧き上がってくる。
変な場所に連れて行かれたらどうしようか……
「ったく、仕方ねぇな、オレも四限までしかねぇから一緒に断りに行ってやろうか?」
聖生が魅力的な提案をしてくれているが……
「……けどさ、妖怪が本当にいるなら、気になるかなって」
「はぁ? 仮に妖怪がいたとしても、だ。そんな興味本位に近づいていいものじゃねぇだろ。絶対に後悔するって……まあ、妖怪が本当にいる訳ねぇけどな」
それは、そうだろう。普通に考えて、そんな超常的な存在がいる筈がない。
しかし、先程の彼女が単なる頭のおかしい人でないのならば、本当に会えるのではないか。
恐怖と同時にそのような好奇心も、湧き上がってしまう。
好奇心は猫をも殺す、なんて誰かが言っていたが、おそらく俺もこの調子で生きていると死ぬ目を見るのだろう。
だが、別に死んでも構わないのではないか?
ぼんやりとしていて自分の事すらよくわからない。会話するような友達は聖生くらいだ。そして、聖生には沢山の友達がいる。
それならば別に、俺に何かが起ころうと、俺以外は誰も気にしない筈だ。
もしかすると、聖生が気に留めてくれるのかもしれないが、他の友達と過ごすうちに忘れる事になるだろう。
……ならば、自分が興味を持ったモノを追い続ければいい。
「……ごめん、やっぱり気になるからさ、話を聞いてみようと思うんだ。巻き込んじゃ悪いからさ、一人で行ってくるよ」
「ふーん、そうか……まあ、そういう事ならこれ以上俺は止めねえよ。まあ、逆にあそこまで堂々とした変人なら逆に信頼できる、なんて考えも出来るからな。オレはしねぇけど」
呆れたように俺を見る聖生だったが、これ以上俺を止めようとする様子は見せない。
「ああ、けど、俺の身に何かあった時は情報提供くらいはしてくれたら嬉しいかなー、なんて……イテッ」
冗談のつもりで言ってみたが、聖生の大きな拳が俺の額を小突く
「滅多な事言うんじゃねぇよ。ただでさえお前は危なっかしいんだ……何かあればオレんところに来い。何時でも泊まらせてやるからさ」
「ああ、ありがとう」
本当に良い友達だな。聖生は……
「よっ! 来たねっ! 片目隠れクンッ!」
「片目隠れクンじゃなくて直竪 幸成です」
「ほーほー、サキナルクンって言うんだ。それじゃ、さっそく行こうか!」
「行くって何処に……ちょッ!?」
俺の質問に答えることなく女性は俺の手を掴み、グイグイと前方へ歩みを進める。
「流石に階段を上るのはこのままだと危ないから自分で上ってねー」
かと思えばそう時間も経たない内に手を離された。
……階段?
「モノレールで移動するんですか……?」
大学の最寄り駅だ。あまり移動するようならば俺としては遠慮したいところなのだが。
「いや、しないよ? けど駅の中には入るっ!」
「反対側の道路に移動するため、とかですか?」
「んー……っとね、まあ! とりあえず中に入ろっ! 話すよりもそっちの方が早いから!」
そっちの方が早い……? 正直、不安しかないが、此処で引き返したところで胸の内のモヤは消えないと思うので、ついて行こう。
「エレベーターはさっき誰かが乗ったばかりだったからねー。いやー、悪いねー!」
「いえ、お構いなく……」
悪いねーと思うタイミングが随分と遅い気がするが、こちらも自分の意志で話を聞きに来た訳なのでそれは言わないでおく。
「それで、何で駅の構内に?」
階段を上り、改めて尋ねる。モノレールで移動するでもなく、反対側の道路に渡るでもない。それならば何故こんなところに? ……もしかすると、ただ単に大学内や道路で話すよりはマシだという理由で移動しただけだろうか? まあ、冬入りも近づいてきているからな……
「何でわざわざここに? 風が凌げる場所でベンチに座ってゆっくり話すためか? って顔をしてるね! けど、それも違うよっ! ついて来て!」
「……? はい」
最早ゴチャゴチャと考えるよりも大人しくついて行った方がいいだろう。
「ん、よしよし、エレベーターは上に止まってるね!」
「……ん?」
何故、エレベータへと向かっているのだろう。まさかまた降りるつもりではないだろうな。
「はははー! 不安に思うのは仕方ないけどさー、ちゃんと意味はあるから安心してよ」
俺の脳内を見透かしたかのように彼女は言う。しかし、この行動に意味なんて……
「さあ、キミも入っておいでよっ! はやくはやくっ!」
「え、やっぱり降りるんですか……」
まあ、頭のおかしい人にからかわれたって事で、一通り付き合ったら賃貸を探すか……
「はいはい……」
「よしよーし! んじゃ、行こうかっ!」
「……それは?」
扉を閉めるや否や、彼女は鍵のようなモノを取り出した。
「まあ、見ててよ!」
言われた通りに見ていると、彼女は先程取り出したソレをエレベータの操作盤へと突き刺す。
……何をやっているんだ?
「ぐるっと回して……よしっ! 準備完了!」
「準備って……?」
「私の後を付いてきなよっ!」
そろそろ質問に答えてほしいところだ……って。
「……え?」
扉がないエレベータの壁へと女性はどんどん進んでいく。
そして、壁にぶつかる事無く、彼女はその中へと入っていった。
まるで其処には壁など無いかのように、スルリと。
「な……!?」
何が起こっているんだコレは……ッ!?
「ほらほらー! 早く来ないと『閉まっちゃう』よーっ!」
「……ッ!」
壁の中から聞こえる声に背中を押されるように、俺も壁の中へと歩き出す。
「……」
気づけば俺は、白い白い、真っ白な建物の中にいた。
何処からか不安が湧き上がるほどの『白』に放心状態になっていると、白衣を着た先程の女性がいつの間にか俺の前に立っており、朗らかに笑っていた。
「ようこそ、サキナルクン! 『日ノ本妖怪保護組織・非伝院』へっ!」
「日ノ本、妖怪保護組織……ヒデン、イン?」
「そうそうっ! 外に伝え漏らさない組織って意味で、『非伝院』っ!」
「絶望的に名が体に反しているじゃないですか」
この名前を付けた人もさぞかし悲しんでいる事だろう。この人、大学の近くで思いっきり宣伝してたぞ。
「いやー? そうでもないよー? 余計な勧誘はしていないからねー! 今日だってキミ以外は誘っていないからっ!」
「いや、聖生……俺の友達も隣にいたじゃないですか」
「んー? アレねぇ……アレはいいんだよ。キミから見ても、妖怪なんて信じる柄じゃないんじゃないの?
それに、仮に彼が妖怪を信じていたとしても、積極的に関わろうだなんてしないでしょ。それなら、この組織はただの『嘘』、もしくは『都市伝説』止まりだ。何の問題もない!」
「……そういうもんですか」
たしかに言っている事は合っているのだが、友人を『アレ』呼ばわりされたので、ついムッとした表情を見せてしまった。
「ソレに、『非伝』っていうのにももっと意味があってだね……ん、いや、別に今話さなくてもいいかっ! そんな事より自己紹介をしよう! 私は沙花鶏 覚。この組織のちょっと偉めの職員だ!」
「は、はあ……よろしくお願いします。沙花鶏さん」
突然の自己紹介に面食らってしまったが、とりあえず挨拶は返しておく。
「……ところでサキナルクン、此処は『非伝院』。そしてその職員である私がキミに名前を教えた。コレってどういう意味か分かるかな?」
外に伝え漏らさない組織の職員が自分の名前という情報を俺に告げた。
……要するに。
「今更『此処で働くのは嫌だ』なんて言えないって事ですか?」
「そうっ! そのとーりっ!」
なんて組織に来てしまったんだ。
「というか、何で俺だけしか勧誘していないんですか!」
「そりゃあもちろん? 必要以上の情報を外に流さないようにするためさ! そのためには勧誘は百発百中である方が望ましい。そして私は、キミが必ず私の誘いに乗ると思ったのさ!」
何でだ……
「もしも理由を聞かれたらすこーし詰まっちゃうけどさ、此処で働いていると自然に鍛えられるんだよねっ! 第六感ってヤツがっ!」
「ああ、はい、そうですか……じゃあ此処で働くしかないですね」
何というか、抵抗しても無駄そうだし、諦めて此処で働こう。うん。
「ありがとう! 最近仕事が増えたり人員が減ったりで困ってたんだよねー! 仕事って言っても、学業と両立できるように配慮はするからさ、安心してよー!」
とてもではないが安心できないような言葉が聞こえなかったか?
「人員が減った……?」
「ああ、病気だよー。退職しないといけないくらい重めの病気でねー。殺されたとかじゃないから安心してよー」
「いや、全然安心できないですけど」
この流れで『殺された』という単語が出てきたのが怖すぎる。しかも沙花鶏さんはほんわかと笑ったままだし。
「大丈夫。新たな職員となるキミの安全は保障するよ。まあ、その辺りの話は彼女に聞いてほしいかな……おーいっ! キョウカ!」
「お呼びでしょうか?」
彼女が名前らしきモノを呼ぶと、すぐさま別の場所から声が聞こえた。
……いや、別の場所というか、俺の背後から。
「おわっ!」
「あらあら、驚かせるつもりはなかったのですがー」
「いやいやキョーカ、そりゃあいつの間にか背後を取られてたらビックリするって」
呆れたような視線を浴びされながら、藍色の着物の上に白衣を着た女性がクスクスと笑いながら沙花鶏さんの隣へと移動する。
「えっとね、彼女はキョウカ。響槽院 鏡花。この組織の事務仕事をしている職員で、新人の案内も彼女がやっているんだ!」
「なるほど……俺は直竪 幸成です。よろしくお願いします、響槽院さん」
藍色の着物の上に白衣、というのは案外似合うものなんだな……それとも、この人が特別なのだろうか?
「いやー! それにしてもよかったねー! サキナルクン! こんな可愛い女の子に案内してもらえてー!」
「もぅ、沙花鶏さん、からかわないでくださいよー」
たしかに、彼女は可愛い。艶のある黒髪は腰辺りまで川のように流れており、瞳もパッチリしている。それに長いまつ毛にほんのりと紅に染まった唇。まるで人形のように整っている。
……胸の大きさが控えめなのも着物が似合っている理由の一つなのだろうか。
「けどおっぱいは私の方が数倍大きいけどねっ! あっ! キョウカの胸が一だとしたら私の胸は十だけどっ! いやー、もしもサキナルクンがおっぱい星人だったらソコは申し訳ないなぁー! でも、我慢してあげ」
……あ。
ソレは、見事な手刀だった。
手の刀と書いて手刀。
実際のソレは棍棒のような重い一撃であったのだが、決して人体が鳴らしてはいけないような『ゴッ』という音を鳴らしながら漫画のように綺麗に前方へとぶっ倒れていく沙花鶏さんの姿には圧倒された。
不審者だ不審者だとずっと思い続けていたので気に留めていなかったが、たしかに豪語する程の大きさではあるな……
「……」
などと悠長に考えている場合ではない。響槽院さんがコチラを見てにっこりと笑っている。
コレは緊急事態だ。
下手すると白い床に人二人がぶっ倒れている面白風景が出来上がってしまう……!
「えっと、それじゃあ、案内、お願いできますか?」
そして俺がとった行動は、一切触れないというモノである。
下手に触れてしまうよりは無かったことにしてしまう。ソレが一番なのではないか。
「あら、命拾いしましたね。それでは、参りましょうかー」
何でもないような口調で滅茶苦茶怖い事を言いながら響槽院さんはくるりと百八十度回って歩き出した。
ところで、このぶっ倒れていらっしゃる沙花鶏さんはどうすればいいのだろうか。
……とりあえず俺ではどうにも出来ない上に早々と進んでいく案内人さんに置いて行かれてはいけないので、巨乳の不審者へと向かって合掌し礼をした後に響槽院さんの後を追いかける事にした。
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